周瑜に告白したのは先日のことだ。
言うつもりはなかったのに、勢いでうっかり口走ってしまった。
それに対しての返事は、未だにない。
所属が同じということで毎日のように顔を合わせてはいるが、周瑜には告白前と告白後の変化は何ら見られない。
これは遠回しに『否』と言われているのかと思うと、思わず泣き出したくなる。
いきなり泣き出すような子供じみた真似を職場でする訳にも行かず、はもう諦めようと思った。
所詮、身分違いの恋である。
四民平等の現代において、身分違い等と嘆くのは鼻で笑われそうなものだが、の気持ち的にはそうだった。
容姿端麗頭脳明晰を地で行く人である。
運動神経も抜きんでており、学生時代はフェンシング部に所属、マイナースポーツの悲しさでその名が轟く程ではないが、五輪でメダルを取った選手が現われた昨今であれば、必ず注目を浴びただろう周瑜だ。
辛うじて四大卒業した程度のOLには、手が届く筈もない雲上人だった。
後悔してもし足りなかったが、周瑜の無言は温情だろう。
このまま仕事を続けられるように気を配ってくれた、それぐらいには優しくする価値があると思ってもらえたと自分を慰める。
は過去に、告白したことをクラス中に触れ回られたことがある。
あの時の悔しさ惨めさは、それこそ筆舌に尽くし難い。
それと比べれば、と考えてみるも、やはり悲しい気持ちに顔が俯いてしまう。
今日は一人で帰ることになった分、気を紛らわせることも出来なかった。
「下を向いて歩いていると、危ないぞ」
はっとして顔を上げれば、そこに周瑜が立っている。
外回りの帰りなのだろうか、手には黒革の鞄を下げ、反対側の脇には書類が入っていると思しき封筒を挟んでいた。
極ありきたりのサラリーマンの風情なのだが、周瑜がそうしているとまるでビジネス誌から抜き出てきたように見えてしまう。
本当に、冗談抜きで格好いい。
周瑜を見詰めたままぼんやりしているに、周瑜は小首を傾げる。
「どうした、具合でも悪いのか」
「あ、いえ」
目を逸らせば、売り物のポインセチアの鮮やかな赤が目に映る。
クリスマスなのだと嫌でも思い起こさせるその色彩に、は無性に泣きたくなった。
もう一度問い掛けられ、は噛み締めた唇を解いた。
「周瑜部長って、ポインセチアみたいですよね」
誰もが振り返る鮮やかな色彩に、花屋の軒先で主役然として飾られている。それが当然で、疑問にも思われない。ポインセチアが一鉢あるだけで、注目はそこに集まってしまう。
「……私なんか、地味で、全然綺麗じゃないし、お化粧頑張っても服奮発してみても、全然駄目で」
並べる訳がなかった。
どうして告白してしまったんだろうと、改めて泣きたくなる。
「。綺麗な花は好きか」
不意に口を挟んだ周瑜の言葉は、の理解を超えていた。
黙ってしまうに、周瑜は同じ言葉を繰り返す。
「どうだ。花は、綺麗な方が好きか。良いと思うのか。答えよ」
「……はい……」
質問の趣旨は分からないが、素直に頷く。
周瑜は並べられたポインセチアの鉢に手を差し伸べ、その大きな葉を軽く持ち上げた。
「ポインセチアの花は、これだ」
アクセントとしては綺麗な、しかしそれだけの小さな粒だ。良く見れば、多少グロテスクですらある。
意識して見ていなかっただけに、意外な驚きがあった。
「別名、猩々木とも言うそうだ」
「猩々……?」
赤い猿のことだ、と教えられ、は呆然とした。
ぽっかり口を開けたの間抜け顔に、周瑜は涼やかな笑みを浮かべる。
「……私のよう、か?」
意地の悪い問い掛けに、の顔が真っ赤に染まる。
周瑜は声を潜めつつ、くつくつと朗らかに笑った。
「万事、そんなものだ」
言いたいことが分かるような分からないような、は悩んで首を傾げた。
「いらっしゃいませ。そちら、お安くなっておりますよ」
中から店主らしき女性が出てきて、愛想のいい笑みを浮かべていた。
周瑜がポインセチアに触れて居たことで、客と勘違いしたのだろう。
これには周瑜も驚いたようだが、すぐに悠然とした笑みを取り戻し、手にしたポインセチアを渡して内ポケットから財布を取り出した。
支払いを済ませると、の手に持たせる。
ずしりとした重みと鉢の冷たさが沁みた。
「やろう」
気を付けて帰れ、と言い残し、周瑜はが歩いて来た道を戻って行く。
その背を見送りながら、は手渡されたポインセチアの鉢を抱き締めた。
「……駄目だー」
本当に涙が滲んで、周瑜の後ろ姿も霞んでしまう。
好きになってもらえなくても、好きでいるのは諦められない。
あの人が、周瑜が、どうしようもなく好きだった。
ポインセチアの花言葉は『聖なる願い』または『私の心は燃えている』だと、花屋の店先に書かれているのが目に入った。
まさに、今の私がそうじゃない?
は思わず吹き出した。