奇数の重日に当たる日は、女子の外出は控えるべし。
いわれは分からないが、そういうしきたりがある。
それで、は元日から家に籠っていた。
居を同じくする主は、男子であるから何の気兼ねもなく新年の挨拶回りに出ている。
地位に恵まれているとは言っても、中堅どころである彼には、それなりに訪れるべき軒数がある。
帰ってくるのは夜半過ぎになろうとも言われていたし、事実その通りになろう。
彼の最たる主は殊の外に酒好きで、挨拶に等赴いた暁には、すぐさま酒宴となるのが目に見えていた。
下手をすると帰らないかもしれない。
昨夜は新年を迎えるにあたり、徹夜しなくてはいけないことになっていたので、の眠気はかなり強烈なものになっている。
先に眠っていていい、とは言われていたが、主を差し置いて牀に就くのは気が引けた。
ぼんやりとして主の帰りを待つの他に、屋敷に残る者はほとんどない。
普段良くしてくれる人々への謝恩として、正月休みが気前良く奮発されているからだ。
とりあえず人が居なくて困るようなこともない。
だが、一人の静けさと言うのはまた格別に眠気を誘う。
待って居なければ、でも眠い、待たなくてどうする、しかし眠いとせめぎ合っているの耳に、ごとりと不審な物音が届いた。
すわ、何者と一気に神経が研ぎ澄まされる。
人気がないとはいえ、戦に慣れたが残る屋敷によく忍び込んできた。手慰みに退治してやろうと、愛用の刀に手が伸びる。
扉の影に身を潜め、気配を伺うと、相手はまっすぐこちらに向かってきている。
手近な安物ではなく奥の室に保管されているものから狙おうと言うことは、余程手慣れた者に違いない。
さもなくば、新年を迎えたこの良き日に、人様の屋敷に泥棒に入ろうなどという不届きなことは考えないだろう。
これは手加減無用、と柄を握る手に力を込めると、ややもして扉が静かに開かれた。
一閃、閃く刀身は激しい火花を散らして防がれる。
やるな、と飛び退って構え直せば、そこに居たのはの主だった。
挨拶に行った筈なのに、寡黙が過ぎて追い返されたのだろうかと間の抜けたことを考えてしまう。
周泰は、横目でちらりとを見遣ると、抜き放った刀身を鞘に納めた。
も慌ててそれに倣う。
「……お帰りなさいませ、御帰宅は遅くなると伺って居りましたもので、とんだ心得違いを致しまして申し訳もございません」
詫びて済む話ではないが、詫びずには居られない。
深々と頭を下げるを見下ろし、周泰はただ不機嫌そうだ。
危うく命を落とし掛けたのだから、それも仕方ない。
はそう考えてひたすら恐縮したが、周泰の不機嫌は別の理由によるものだった。
「……お前は……いつまで俺の部下のつもりで居るのだ……」
うろたえるを、周泰の手が強引に引き寄せる。
外から帰ったばかりの周泰の鎧は、冷たく冷え切っていた。
「……迎えたばかりの嫁が……待っているだろうと……孫権様が……な……」
途端、の頬が朱に染まる。
以前から、嫁いでからも直らぬ固い口調に、周泰の機嫌が傾いでいたのを失念していた。
また、君主孫権に自分の存在を覚えられていたことに、何とも言えない羞恥心を煽られる。
「誠に以て、申し訳ございません」
詫びの言葉は尚も固い。
周泰はの刀を取り上げて、乱雑に室の隅へ放った。
そうしてからを抱き上げ、室の奥へと向かう。
首を傾げているに、周泰は一人言のようにぼそりと呟いた。
「……俺の妻だと言うことを、思い出させてやろう……」
今度は項まで赤く染めたは、周泰に逆らうことなくその身を預けた。