粛々と新年の儀が執り行われた。
途中までは。
万事旧来の風習を厭う傾向にある曹操は、異界からやって来たというを得て悪乗りしていた。
儀式の方は未だしも、料理はが新年に食していたという『おせち』を作るのだと、自棄に張り切り出してしまったのだ。
もっとも、最初は儀式の方もの世界に倣うと言っていたから、まだマシとも言える。
そちらの方は荀彧荀攸達文官が何とか諌め、思い留まらせたのだ。
代わりに料理の方は断固として好きにするとぶっちぎられて、今に至る。
「えー……と……」
が眉間に皺を寄せながら、目録らしきものを広げている。
一番の被害者はと言っても良かったかもしれない。
何せ、根掘り葉掘り尋ねられた揚句、強制的に曹操の独断専行を補佐する形に持って行かれたのだ。
話によると、海に程近いの郷里の料理を、許昌で作ろうと言うにはかなりの問題が発生する。
まず、食材が手に入らない。
伝手を整え何とか許昌に運び込んだとしても、それがの言う食材と合致するかは別の話である。
日本の海苔と韓国の海苔が微妙に違うことを考えれば、様子も伺えようというものだ。
それでもとごり押しして作った料理の数々は、魏の人々には、ともかく見た目が珍奇と来ていた。
食べてみれば美味いのかもしれないが、手を伸ばすまではかなりの勇気が居る。
そんな代物だった。
棒状の黒いものは、昆布巻きとかいう海草の料理らしい。
海にはこんなに大きな草があるのかと許チョなどは驚いていたが、の表情から推して測るにどうも違うと皆が覚った。
昆布は昆布らしいとも判断したのだが、料理人への説明がまずかったのか、昆布巻きは何故か大人の腕一本に近しい長さと太さになっていた。
しかも、切って居ない。
大きな昆布巻きは、かんぴょうでなく麻紐でぎっちり結ばれて、でろんと大皿に横たわっている。
正直、食べる気が著しく減退する。
栗きんとんは比較的栗きんとんの外見に近い。
しかしは知っている。
栗きんとんの餡が、何故かしょっぱいことを。
他にも、なますの人参が朝鮮人参だったり、田作りの鰯が鮎に変化して居たり、伊達巻きが卵焼きだったり(これはまぁいいやとは許している)している。
味の保証がない。
というか、怖くて味見する勇気が持てなかった。
かまぼこなんかどうやって作ったのかも分からない。赤いかまぼこの赤は本当に真っ赤で、海老の殻でも混ざってるんじゃないかと本気で疑っている。
食い物の恨みは恐ろしいとか聞くし、食べ物を粗末にしたら罰が当たると言うし、生身の人間も廟に並んだ人間も、等しく敵に回しているような感覚しかない。
案の定誰も手を付けないし、心なしか皆の顔が引き攣っている。
そんな中、一人上機嫌な曹操が、つぃっと優雅に箸を伸ばす。
あ。
躊躇いもなく摘まんだ黄色いものを頬張る曹操に、皆の注目が一斉に集まった。
曹操の頬が、ゆるんと緩む。
皆が絶句する。
何の邪気なく喜色満面になった曹操の顔など、幼い頃から慣れ親しんだ夏侯惇でさえなかなか見ないものだった。
「お、美味しい、ですか?」
思わず口を滑らしたに、曹操の差し伸べた箸が向けられる。
摘まんだ黄色いものを口元に運ばれて、は恐る恐る口を開いた。
「!」
驚いてしまう。
口の中に広がる複雑な滋味は、の舌には馴染みない、けれど極上に舌を蕩けさせる味だったのだ。
そう言えば、曹操は酒でさえ作ってしまうような食通だった。折角の食材を無駄にさせることなど、あろう筈もない。
二人の様子を見守っていた人々の箸が、急に活発に行きかうようになる。
「この料理の手柄は、、お前ぞ」
渋っていたのも見ない振りで、堂々とを褒める曹操に、はくすぐったいものを感じてしまう。
褒美の品の希望を問われ、は間髪入れず答えていた。
「曹操様が作ったお酒が、飲みたいです」
曹操の目が丸くなる。
「……それは、今しばらく時をもらわねばなるまいな」
未だ曹操の酒造りは始まっていなかったのだと、そしてこそが曹操に酒を造らせたことになるのだと、はこの時ようやく気付いたのだった。