は美人ではない。
 可愛くもない。
 スタイルがいい訳でもないし、センスがあるとも思っていない。
 だから、阿国が苦手だった。
 むしろ嫌いだった。
 阿国に掛かると、『綺麗なもの』と『醜いもの』とに分類されてしまうような気になる。
 曲がりなりにも女であるには、それが苦痛だった。絶対に『美しい』に分類されることはないと、直感めいた確信があったからだ。
 元から、共に行動したくてしている訳ではない。
 が属する呉軍に阿国が押し掛けてきて、居候しているような状態だった。
 今回の作戦に従事する為、やむなく阿国と行動を共にしているのだが、出来れば永遠に関わり合いになりたくなかったと思う。
 根が素直で武一筋のは、考えていることが顔に出やすい。
 海千山千の阿国に看破できない筈もなく、また興味を持ったが最後、にこやかな笑みを浮かべつつも粘着して寄越す性質の阿国に絡まれることになってしまった。
はん、うちのこと、嫌うとりますやろ」
 最初は誤魔化そうとしていたのだが、阿国の率直な言葉に動揺して言葉に詰まる。
 そうだと言ってしまったも同然だった。
 どうしてどうしてと執拗な阿国を無視するには、人目があり過ぎた。
 あり過ぎるが故に、そのまま正直には言いかねる。
 だが、あまりに執拗な阿国の口撃に、はついに耐えかねてしまった。
「貴女が、あんまり好き放題だからです」
 可愛い、綺麗で戦場をふらふらされては迷惑だ。戦場とは、もっと過酷で無残なものなのだ。
 それを穢すような振舞いをする阿国には、我慢ならない。
 吐き捨てるように言い捨てて踵を返したは、感情のままに罵声を発した己の頭を冷やそうと、宿営地を一人離れた。
 勢い良く木々の間や茂みを抜けて、深い森の奥まで踏み行ったところで止まる。
 ここなら誰も居るまい。
 一人だと感じた瞬間、得も言われぬ後悔の念が一気に膨れ上がる。
 あんな子供めいた振舞いをしてしまおうとは、夢にも思わない。
 大きく溜息を吐くと、背後からひょいっと阿国が顔を出した。
「うわ」
 人の気配を感じなかったので、阿国の接近に気が付かなかった。
 否、着いて来ていたことにも気が付けなかったと、はどっと冷や汗をかく。
 対して、阿国はのほほんと笑っている。
「まぁ、えらい大っきな溜息吐いてはることー。……うちに言わはったこと、後悔されてますの?」
 そんなことはない。
 無理に視線を険しくするが、阿国はからからと笑っている。
 まるで、すべてお見通しと言わんばかりで気分が悪かった。
はん、うちがはんのことちらちら見るんがかなんのでしょ?」
 実際、阿国はを見通していた。
 が、阿国の何気ない視線を避けているのを、その美醜に結論を下されるのを厭っているのを、見抜いていたのだ。
 赤面するを、阿国ははんなりとした笑みで見詰める。
「……そやなぁ、はんは、確かに女っぽくはあらしまへんわ」
 心臓に杭が打ち立てられたような錯覚がした。
 赤から白へと顔色を変えるに、阿国は困ったように小首を傾げる。
「でも、うちははん、綺麗やと思いますえ」
 例えそこらの女の子のように華やいだ色はなくとも、にはかけがえない凛とした美しさがあることに間違いはない。
 しかし、の傷は癒えなかった。
 女としては駄目だと宣告されたような心持ちになる。
 阿国は、の前に立つと、両の手での顔を包み込む。
 慌てて振り払うが、阿国はを叱り付けるように無理やり顔を上げさせた。
「……お顔の作りも、整うてらっしゃいますなぁ……普通の女子はんのようになりたいんやったら、いつでもなれますえ」
「そんなことが」
 できますえ、と阿国は力強く遮った。
はん、普通の女子はんやって、それは頑張って綺麗にならはる努力してはりますえ。その努力もせんと綺麗になりたいなんて、厚かましいわ。そんなん、失礼どすえ」
 ぴしぴしとした阿国の言葉に、武で鍛え上げた筈の心が萎れていく。
 阿国の言葉はあまりに正論だった。
 努力して綺麗になれなかったらと卑屈に怯え、言い訳して逃げ道を作っていたことを思い知らされる。
 しょんぼりと項垂れるの目に、阿国の微笑みが否応なく映し出された。
「……せやから、努力しなはれと申し上げて居るんどす。はんは元がええんどすから、少ぅし頑張ればすぐに分からはりますえ。言い訳しとったら、あきまへん」
 そうして阿国は、それをの今年の抱負にすると勝手に決めてしまった。
 何でも、一年の始まりに年内にこなすべき目標を立てるのが、阿国の郷のならわしだと言う。
「ほんまは紙に書いて証文にしはるんがええんどすけど、こちらの世界じゃ紙も貴重や言うお話どすやろ?」
 皆に言い触らして証文代わりにすると嘯く阿国を、は必死に止めなければならなくなった。
 そしてが気付いた時、阿国への嫌悪感は薄らぎ、しかしどうにも頭が上がらぬと言う苦手意識が植え付けられていたのだった。

 ついでの話、阿国が五右衛門を『男前』と褒めちぎっているのを聞いて、は何となく複雑な思いに駆られることになる。
 阿国の『綺麗』の基準が、分からなくなった瞬間だった。

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