※成就しない片思い話です。嫌いな方はご覧にならないようお願いします。


愛せなくて、ごめんね



 の表情は暗かった。
 それだけで、見込みはないのだとはっきり理解できる。
「申し訳ありません」
 本当にすまなそうに頭を下げるの声は、しかし明瞭で曇り一つない。
 はっきりと拒絶され、徐晃は頭を掻いた。
「……否、の気持ちも慮ることなく、拙者の意向を押し付けたのが悪かったのだ。……忘れてくれまいか」
 はい、とは頷いた。
 深く、大きく、迷いも間もなく律儀に頷いた。
 まったく、一縷の望みもなく断られてしまった。
 が徐晃に仕えて間もなく五年、幼さの残る少女は、あっという間に一人の女として艶やかな輝きを魅せるまでに成長した。
 すぐ傍で見ていた徐晃にとって、その光を失うことは耐えがたい事実と化していた。
 それが焦りに繋がっていなかったとは言い切れない。
 他の副官も文官も居合わせないという、徐晃にしてみれば千載一遇の機会だったとて、にしてみれば何ら心逸るものではない。
 いつもの執務室で執務の直中、応答の最中にふと空いた間。
 言ってしまった言葉は取り返しが付かなかったが、振り返るだに適切な機では決してない。
 女の身で、そのような状況で求婚されたとて、誰が素直に応じられようか。
 徐晃は言い訳がましく無為な思考を繰り返す。
 嫌われているのだと思いたくなかった。
 例え、の返事に戸惑いさえ見られず、考える間すらなかったからと言って、それが即ちが徐晃を嫌ってのことではないと、そう思いたかったのだ。
 重苦しい沈黙が落ち、は手にした竹簡を巻き直した。
 からからという乾いた音さえ、この室内を支配するに足る程の大きな音だった。
 巻き直した竹簡を執務机の脇へと置くと、は静かに頭を下げた。
「……後は、ご一読下さればよろしいかと。では、私は失礼いたします」
 殊更に丁寧な言葉遣いのように思うのは、徐晃の思い込みだったかもしれない。
 扉の向こうへ消えたの後ろ姿を、徐晃は未練がましく見詰め続けた。

 自棄酒と言うにも少々飲み過ぎたきらいがある。
 己が屋敷で呑んでいるのだからと、過信していた節もある。
 足取りも覚束ずに牀に倒れ伏した徐晃は、ふと、誰かが自分に触れていることに気が付いた。
「……?」
 警戒もせずに身を起こした徐晃は、自分の傍らにが居るのを見てぎょっとした。
!? 何故、ここに!?」
「……徐晃様のお召しだと申し上げたら、通して下さいました」
 いくら副官だからとは言え、あまりに気安過ぎる。
 うかうかと通した家人にも腹立たしいものを感じるが、淡い気配に釣られるように、徐晃はふと振り返った。
 艶然と笑うは、常の武将装束を脱ぎ棄てて、女らしくめかし込んでいる。唇にはこれ見よがしに赤い紅を注し、体躯からは香しい香りが漂っていた。
「……いつもは、鎧装束ばかりに袖を通しているでしょう。だから、家人の方もそれと察して通してくれたようです」
 何を、どう察したと言うのか。
 野暮を承知で問い掛けたくなるが、舌が上顎に張り付いて動かない。
 水差しに手を伸ばそうとすると、先にが気付いて水差しを取り上げた。
 赤い唇に、水差しの差し口が吸い込まれる。
 徐晃の顎に白い指が添えられ、わずかに上を向かされるとの唇が触れた。
 冷たくも温い水が、徐晃の口内に注ぎ込まれる。
 濡れた舌が続いて押し入り、誘うように柔らかく蠢いた。
 もう、堪らない。
!!」
 徐晃は飛び掛かるようにの体を捉え、牀の上に引き摺り上げる。
 せっかくめかした衣装も、徐晃の手で乱暴に剥ぎ取られていった。
 白く震える胸乳が露になると、徐晃ははっと身を震わせた。
 我に返った訳ではない。
 むしろ、理性を粉々にされて茫然自失としていたのだった。
 わなわなと震える指先が、恐る恐るの態での胸乳に触れる。
 あ、と小さく漏れ出た声が、徐晃の最後の理性を突き崩した。
 獣のような呻き声を上げ、の乳房にむしゃぶりつく。
「………………」
 うなされるような声に、はそっと徐晃の肩を撫でる。
 足を開いて徐晃の腰を絡め取るようにして、促すように腰を揺らめかした。
 徐晃が何気なくの顔を見遣ると、逸らした顔から表情こそ見えなかったものの、耳の裏まで赤くなっているのが分かる。

 どうしようもなく愛おしくなって、徐晃は一度の足を解いて中腰に立ち上がると、下穿きを解いて屹立する肉具を取り出した。
 逸る気持ちを抑えようもなく、性急に一つに繋げていく。
 の眉が苦しげに歪んでも、徐晃は自身を抑えることが出来なかった。

 何故、と問い掛ける徐晃の目に、は疲れ切った笑みを以って返した。
「……徐晃様の奥様には、なれませんけど……でも、触れて欲しかったから……」
「何故」
 今度は声に出して問い掛ける徐晃を、は困ったように笑っていなした。
 返事をもらえなかったことで、徐晃は様々な理由を思い浮かべては消していく。
 身分違い、続く戦乱、家名の重み、慣れぬ生活への不安……いずれも、さえ居てくれれば大したことではなく、は自分が守ってみせると断言できた。
 けれど、の唇から苦い笑みが消えることはなかった。
「……触れるだけでは、駄目ですか……足らない……?」
「足りぬ」
 子供のように不貞腐れ、徐晃はに圧し掛かってきた。
が欲しい。拙者は、が欲しいのだ」
 達したばかりの体には、触れられるだけの愛撫ですら強い刺激と化す。
 ひくひくと跳ね上がる肌に、徐晃は肝心要の問答さえ忘れてのめりこみ始めた。

 が埋伏の毒だということを、徐晃が知る由もない。
 家族を人質同然に取られ、裏切ることも許されなかった。
 自分の生きたいように生きようとすれば、それは大恩ある父母のみならず、弟や妹、引いては親類縁者へ多大な波紋を投げ掛ける。
 そんなことは出来なかった。
 血塗られた道を選んで徐晃と添い遂げること等、出来よう筈もなかった。
 だから、徐晃を受け入れられない。
 決して受け入れてはならない想いだった。
「……徐晃様、無茶苦茶に、して……」
 何も考えたくなかった。
 心を虚ろにして、空っぽになってしまいたかった。
 それができずに今、徐晃にすがって、すがり切れないで居る。
、何を泣く」
 徐晃が心配そうに見下ろしてくる。
 何も、と首を振り、自ら腰を揺らした。
「もっと、気持ち良くして……壊していいから、もっと強く、奥まで、して」
 腹に力を篭めると、徐晃の体が前のめりに倒れ込んで来る。
「……気持ちいい? 徐晃様、私の中、気持ちいい?」
 言葉もなく眉を顰め、こく、と頷く徐晃に、は晴れやかな笑みを浮かべた。
「良かった」
 せめて、それぐらいは徐晃に報いがあっていい。
 激しくなる愛撫に、は意識を空虚に散らしていく。
 けれど。
――愛せなくて、ごめんね。
 その一言だけは、どうしても、どうしても頭の片隅に残り、消えてはくれなかった。

  終

(お題提供:確かに恋だった様)

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