※死にネタ含みます。
大喬と差し向かいで、茶を啜る。
これは、孫策が大喬との二人に課した、有難くもない習慣だった。
時世もあって、後継ぎとする男子を得る為に正妻の外に妾を抱えるのが極々自然だ。
正妻の大喬には面白くなかったろうが、御育ちのせいか大喬がの存在にケチを付けたことはない。
無論この茶会にしても文句一つ言うことなく、それでも付き合わざるを得なくなった次第だ。
正妻がいいと言っているものを、妾が嫌だと言う訳にはいかない。
男と同じく、女にも立派な序列というものが存在しており、正妻はその頂点に在り、妾はあくまでその下だった。
何で嫌だと言ってくれなかったのか、せめて回数を押さえてくれれば我慢できそうなものなのに、と、は不満たらたらである。
茶会は、毎日行われている。
毎日だ。
何が悲しくて、仲が良い訳でもない女二人が顔を揃えて茶を啜らなくてはならないのだろう。
孫策にしてみれば、仲良くなって欲しくて仕向けた習慣だったのだろう。
けれど、とんだ見当違いだ。
交わされる会話は皆無と言って良く、世間話すら欠片もない。
重ねた回数にまったく添うことなく、とにかく課せられた課題を片付けるように、毎日同時刻同じ時間を共有する。
しなくてはならないのである。
息苦しいにも程がある。
は、やめたくてしょうがないのだ。
嫌になる。
とっくにうんざりだ。
だが、大喬には従わなくてはならない。
大喬が嫌だと言うまでは、は文字通りのこの茶番にお付き合いしなくてはならなかった。
今日も今日とて、また重苦しい時間を過ごさなくてはならないと思っていた。
が、今日に限っては違っていた。
大喬が、口を開いたのだ。
「私、貴女のことなんか嫌いです」
そうだろうなと思っていた。
そうでなくては嘘だ。
だというのに、それなりの衝撃を覚えている自分に、は一番驚かされていた。
想像は想像に過ぎないのだ。
実際に浴びせかけられた罵言は、やはり例えようのない衝撃を伴うものだった。
「……私だって、同じです」
いつかこう言い返してやろうと思って準備していた言葉は、それこそ無限大にあったけれど、意表を突かれたせいか、まったく思い出せなくなっていた。
それでも何とか言い返さねばと口にしたチンケな罵言に、大喬の目から大粒の涙が零れ落ちる。
あぁ、やっぱりね。
泣けばいいと思って、これだからいいとこのお嬢様は嫌なんだ。
大喬の涙が茶碗の中にまで落ちるのを眉を顰めて見詰めながら、は胸の中で毒付いた。
しゃくりあげていた大喬は、涙を拭いながら声を震わせて絞り上げる。
「貴女なんか、大嫌いです。本当に、嫌い。でも、孫策様のご命令だから、仕方なく従うんです」
「そんな、だったらいちいち従わなくったっていいでしょうよ」
だって。
その先を続けることは、には出来なかった。
認めてしまうことになるからだ。
大喬はぼろぼろと泣き続けている。
茶碗の中に、幾つも幾つも小さな円が浮かんでは消える。
の茶碗にも、たくさんの輪が浮かんでいた。
孫策は、もう居ない。
死んでしまった。
だから、もうこんな馬鹿げた命令に従う必要はまったくなかったのだ。
けれど、止めてしまったら本当に孫策が死んでしまったようで、その死を受け入れてしまったようで、それで止められずに続けている。
大喬も。
も。
二人とも、だらだらと、未練がましく続けていた。
いつまでもこんなことを続けて居られない。
そう思っても止められず、昨日も、今日も、そして明日も続けていくのだろう。
惨めだった。
嫌で嫌で仕方ないこんな習慣を続けていって、止める勇気も投げ出す諦めの良さも持てぬまま、だらだらと、ただだらだらと続けていくのだ。
それでも、どうしても、止められない。
大喬の嗚咽はいよいよ激しく、切なく狂おしくなっていく。
は流れ落ちる涙を拭うこともなく、腹立たしげに唇を噛んでいる。
抱き締め合って慰め合うことも出来ずにいる。
そうすれば、少しはこの痛みがやわらぐかもしれないのに、どうしても出来ない。
腕を伸ばすことが、出来なかった。
には、大喬と対峙して出来た距離が、果てしなく遠くに思えていた。
終