宝くじが当たった。
 ジャンボたらいう奴だ。
 ほぼ同時に、某ゲームの勇者と同じ名前のくじも大当たりした。
 金額は下がるが、地方自治体主催のくじも当たっている。
 雑誌の取材が何件かと知らない親戚と関わりない法人団体などから電話が来たが、は電話線とインターホンの電源を落として対応した。
 それから、急速かつ迅速に引っ越しを敢行した。
 後ろめたい立場だったからだ。

「ここが新しき住まいか」
 曹操は、引っ越し先の玄関前に堂々と立っていた。
「すいません、いいからさっさと入ってもらえますか」
 の口の聞きように、傍らに居た夏侯惇がくわっと目を剥く。
 一個しかない目玉が落ちても知らねぇぞと悪態を吐くも、あくまで腹の中でだ。
 うっかり漏らして首でもへし折られては叶わない。
「おーい、荷物、運んじまっていいのか?」
 夏侯淵が顔を出す。
 その後ろでは、既に荷物を抱えた許チョと典韋がうろうろしている。
 抱えているのが本の詰まった書棚だという辺り、正直言って目眩がする。
 男でさえ腰を痛めるか、そも持ち上がりもしない重さだろう。それを苦もなく抱えている光景は、引っ越し屋だったら涎垂らしてスカウトに来るかもしれない。
 もっとも、履歴書の書きようがないので来られても困る。
「とりあえず一部屋にまとめて運んでもらえますか? 部屋割りしなくちゃいけないし」
 割合大きな建物だったが、と十三人が一度に住む訳で、生憎全員分の部屋はない。
 当然相部屋になってもらう必要があり、それを割り振らないでは荷物の運びようもなかった。
 の前に魏の武将達が現れたのは、つい先日のことだ。
 いきなり目の前に現れたことにも驚いたが、その人数にも驚愕した。
 見捨てる訳にもいかなくて、さりとて手持ちが不安なの元に、宝くじ当選の幸運が舞い降りた。
 これぞ天恵とばかりに使いまくったが、よくよく考えればこの為に『用意』されていた金なのかもしれない。あまりにタイミングが良過ぎる。
 何にせよ、お陰では魏将の保護者面をしていられる次第だ。
 とい訳で、は現在、部屋割りをどうしようかと頭を悩ませる。
 元はどこだかの寮だったらしく、普通の一軒家よりは部屋は揃っている。
 二人部屋を二つ用意できれば何とかなりそうだ。
「じゃあ……」
 がちらりと甄姫に視線を送る。
「嫌です」
「いや、まだ何も言ってないんですが……」
「言わずとも分かりますわ。我が君と私を、同じ室になさろうと言うのでしょう」
 当たりだ。
 と言うか、夫婦なんだから一部屋でいいではないか。
 はそう思うのだが、甄姫は聞く耳を持たない。
 嫌ですばかりを繰り返す。
「我が君に私の素顔をお見せするなど、死んだ方がましですわ!」
 素顔見られるより死んだ方がましとは、なかなか強烈だ。
 普段からきっちり化粧をしている甄姫の主張は、分からないでもないが困惑もさせられる。
 ここは決まりと考えていただけに、計画狂いも甚だしい。
「甄は、私と同室は嫌なのか」
「我が君……」
 曹丕が口を挟み、は助け船が出たとほっとした。
 しかし、実際は真逆だった。
「ならば、私はと同室で良い」
――あほう。
 は、吐き出しそうになった罵りの言葉をぐっと飲み込んだ。
 女と同室になれと言っているのではない、夫婦だから同室になれと言っているのだ。
 案の定、甄姫の目が三角に吊り上がっている。
 曹丕はどうにも合点が行かないらしく、自身の提唱した妙案に乗らないを訝しげに見ている。
 夏侯淵が苦笑いしているのや、夏侯惇が頭を抱えていてくれるのが慰めだ。一応、曹丕が非常識だと分かるからだ。
 これで、全員が全員『それがいい』と言い出した暁には、泣きながら百メートルダッシュ敢行できる自信がある。
「控えろ、子桓」
 君主曹操が割って入り、曹丕を牽制してくれる。
 ほっとしたのは束の間だった。
は、儂と同室になるのだ」
 人間、本当に『ぎゃあ』と悲鳴を上げるものなのだと、はこの時初めて知った。
「いやいや、ここは俺が」
 先程まで苦笑いしていた筈の夏侯淵が、今度はにやにやした笑みを浮かべて名乗りを上げる。
「いや、では私が」
 真顔で張遼が参戦してきた。
「い、否、拙者が!」
 慌てたように徐晃が乱入する。
 が恨めしげに夏侯惇を見遣ると、夏侯惇は焦ったように大きく首を振り後退った。
 少しだけほっとして、わずかばかりがっかりする。
 そんな場合じゃないと頭を振り、『馬鹿者共』に向き直る。
「阿呆なこと言ってないで、早く決めないと日が暮れちゃいますよ! 曹操様、聞いてますか!?」
 仲間に入らなかった夏侯惇に肘鉄を食らわせている曹操を中心に、は怒鳴り散らす。
「よぉ、儂ら、一緒で構わんぞ」
「え、でも……」
 典韋が手を挙げてくれるが、一緒でいいと言うのは許チョだった。
 仲が良いのは分かっているが、体格の良さでは群を抜く二人である。部屋の中に収まるかも甚だ怪しい。
「折角ですけど、部屋もそんなに広くないですし」
「そうかぁ……」
 許チョががっかりして肩を落とす。
 が焦ってしまう程だ。
 そんなにがっかりするようなことではないだけに、何故そこまで落ち込まれるのか分からない。
「おいら達、には世話になってるもんなぁ。何か、の役に立ちたかっただよぉ」
 心の底からの言葉に、はじんときた。
 思わず涙ぐみそうになる。
「ならば、やはり儂とで決まりだな」
「いやぁ、俺とですよ。な、?」
「黙ってろーっ!!」
 折角のいい気分を台無しにされ、は目を三角に吊り上げた。
「もう、いいです、私が勝手に決めちゃいますから!」
 は平面図を広げながら、あぁでもなてこうでもないと悩み始めた。
 その間に、男連中で荷物運びを、甄姫はゴミの整理と後片付けを、誰に言われるでなく始めていた。
「殿、上手くいきましたね」
 こっそり囁く夏侯淵に、曹操は不敵な笑みで返す。
「……は?」
 偶々二人の会話を聞き付けた徐晃が、話に加わった。
「何だ、気が付かないで協力してくれてたってか」
 呆れながらも笑う夏侯淵に、徐晃は未だ解せぬ顔だ。
は、儂らの世話をしてくれる、いわば養母よ」
 突然、は母だと例えられても理解しようもない。
 それを見て取り、曹操の話が続く。
「母が子を前に、遠慮ばかりしおる。それでは、道理が通らぬ。も辛かろう。故に、だ」
 どうにも分からない。
 徐晃は困り果て、助けを求めるように夏侯淵を振り返る。
「ま、要するに、世話見てる側が世話見る側に遠慮すんのはおかしいだろうってことよ。遠慮して、気ィ張りつめてんなぁもっとおかしい。だからよ、偶には怒鳴るくらいして、気を抜かねぇとよ……ま、できれば、これを機に、ちったぁ遠慮しなくなるようになりゃあ儲けもんだよなぁ」
「……はぁ」
 納得はしたが、したが故に徐晃は顔を赤らめた。
 分からぬままに名乗りを挙げた、つまりは徐晃の気持ちを赤裸々に明かしたも同然だ。
 恥ずかしがらぬ方がどうかしている。
「私は、分かって名乗りを挙げましたぞ」
 張遼は、慰めのつもりかそんな言葉を徐晃に掛けるが、果たしてその言葉の意味をどう捉えていいものかが分からない。
 最初に名乗りを挙げた曹丕は、どういうつもりか黙々と作業に取り組んでいる。
 どうも不穏な空気を感じて、夏侯淵はを盗み見た。
 当のはどこ吹く風で、未だ平面図と睨み合っている。
 頼もしいやら先行き不安になるやら、色々な感情がごた混ぜ綯い交ぜになるのだが、すべてをぐっと飲み込んだ。

 結局、夏侯惇と夏侯淵、徐晃と張遼の四名がそれぞれ同室になることで、この件は落着した。
「儂を同室の面子に加えぬ辺り、未だ未だ手温いな」
 次なる手を考え始めた曹操は、何やらやたらと楽しそうだ。
 案外、の為とは名目で、戦いのないこの世界でのささやかな謀略を楽しんでいるのかもしれない。
「何で俺が……」
 別に、一人部屋になりたいとは思ってない。
 ないが、今回に限っては、二人部屋への入居は明らかにある種の『罰』に相当しているから、夏侯惇が愚痴るのも仕方がない。
 傍目からも完全に巻き込まれた形の夏侯惇が、今回一番割を食った。

  終

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