が買い物に行く支度をしていると、一緒に行く、荷物持ちをするとの申し出を受けた。
「却下」
 の即断に、趙雲と馬超は苦い顔を隠さない。
「何故だ」
 一瞬間を空けたとはいえ、すぐさま立ち直って噛みつく馬超に、はうんざりとする。
「前にスーパー行った時、ナンパにほいほい乗っかって騒ぎを起こしたの、誰ですか」
「あれは」
 言い差し、黙る。
 の言う通り、以前スーパーに行った時に行方不明騒ぎを起こしたのは馬超だった。
 奥様集団に声を掛けられ、お茶でもという誘いを快諾し、ひょいひょい着いて行ったのが原因だ。
 言い訳したいことは幾つもあるが、言い訳だとは分かっているので、馬超も黙る。
「ならば、私一人なら構うまい」
 趙雲が口を挟んだが、の顔は厳めしいままだった。
「騒ぎを起こした自覚はないんですか」
 そこで、趙雲も黙った。
 趙雲はからはぐれるドジを踏むようなことはなく、声掛けられても無視を貫いていたのだが、それが却って良いと目を付けられてしまっている。
 お陰で、お忍び中のアイドルと間違えられるわ、ストーカーもどきが現れるわで散々だった。
 宝くじで当てた泡銭でとはいえ、に養われている立場の蜀将達は、できる限りの手伝いをして恩に報おうとしている。その心掛けは有り難かったが、上記のように騒ぎになることが少なくない。
 買い物は、ストレスの多いの唯一の息抜きの場でもあるだけに、そこで騒ぎを起こされるのは甚だ迷惑なのだ。
「じゃーから言ったんじゃ、儂こそ適任じゃあ!」
「いえ、是非私にお命じ下さい!」
「却下」
 再び即断が下る。
 黄忠は地声が大きくて変に注目を浴びるし、姜維に至っては顔もさることながら、純真無垢かつ好奇心旺盛な性格で、まさに『お持ち帰りして下さい』と看板をぶら下げているようなものだ。
 スーパーという場所柄か、声を掛けてくるのは酸いも甘いも噛み分けた上でちょっかい掛けようという強者主婦が多く、だからも頭が痛い。
 うっかり失楽園志望に引っ掛かったらどうしようと、要らぬ心配までしてしまうのである。
 恋愛は自由というものの、これが裁判沙汰にでも発展したらと考えると、気が重いどころでない。
 現住所はともかく戸籍がないような有様で、訴えられたら真実の如何はともかく即アウトだ。
 心配し過ぎだろうと思いはするのだが、の不安の種は尽きない。
 いざという時はが矢面に立って守ってやるのだと気負う分、ちょっとしたことにも目くじらを立ててしまうのは、仕方がないことかもしれなかった。
「一人で行けるから」
 ごめんね、と申し訳なさげに付け加える。
 が強気に出ている時には執拗に食い下がる武将達は、が弱気になると途端に内気になる。
 がっかりした風な表情は隠さないが、馬超も黄忠も渋々ながら引き下がった。
「ならば、私が行こう」
 皆の視線が劉備に集まる。
 いつの間に支度したのか、外出着として与えられた洋服に着替えた劉備が立っていた。
「いや、劉備殿」
「大徳殿、そう仰るが」
 断られたばかりの面々が、空気を読まない劉備を引き留めに掛かる。
 が。
「あぁ、劉備様なら、いいですよ」
 あっさり許可が下り、劉備は子供のように『わぁい』と呟いての隣に立つ。
「な、お前」
「どういうことですか!?」
 当然、猛抗議が入る。
 けれどもは、それを馬耳東風とばかりに聞き流した。
「分かるでしょ」
 軽くいなし、劉備を連れて出掛けてしまう。
 理解できない馬超らは盛大にブーイングを始め、姜維はしょんぼりと眉尻を下げた。
「……分からないのですか、姜維?」
 素知らぬ顔で見守っていた諸葛亮にとどめを刺され、姜維は涙に目を潤ませる。
 ふむ、と思案げに羽扇をひらめかし、諸葛亮は手招きしながら上の階に上がって行った。
 首を傾げながらも皆が付き従うと、諸葛亮は最上階のベランダに出る。
 洗濯物を干していた月英と星彩が、不思議そうに諸葛亮一行を振り返った。
「月英、殿が出掛けられたのを見ましたか?」
「えぇ、劉備殿とご一緒に。今し方、お見送りの御挨拶をしたところです。ほら……あら?」
 月英の顔が困惑に曇る。
「……おかしいですね、もう角を曲がられたのでしょうか」
 道路に沿ってうろうろと視線を走らせる月英に、諸葛亮は居合わせた面子に微笑み掛ける。
「月英、あちらに見えるのがそうではありませんか?」
「あぁ、そうですね。うっかり見逃してしまっていたようです」
 然程離れていないところに、と劉備が連れ立って歩いているのが見えた。
 ただし、あれと示されてもなかなか分かり難い。
 風景並びに他の通行人に紛れてしまっているのだ。
「分かりましたか、姜維」
「…………」
 分かるには分かった。
 分かったが、分かったと言ってしまっていいものかどうか。
 未だ分からぬと騒ぎ立てている馬超と黄忠には、代わりばんこで外に出し、互いに互いを上から見ることで理解させた。
 どちらが出ても、酷く悪目立ちをしていた。騒いでいた訳ではないのにも関わらず、だ。
 そして、相談こそしなかったものの、が買い物にでる際の荷物持ちは劉備の専任とすることに決定した。
 雑兵や準武将に紛れる地味さもとい素朴さは、こちらの世界でも立派に健在なのだった。
 うらやましいかどうかは、少々答え難い話である。

  終

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