「おお」
 やってみたいけれど、なかなか出来ないことというものがある。
 宝くじで一億円当てる、というのもその中の一つだったが、は先頃その夢を叶えることに成功した。
 当選金を使う形で、は別の夢も叶えることが出来たのだった。

「……これは、いったいどのような意味があるのか」
「いや、意味はあんまりないけど……ある意味、夢のシチュエーションの一つというか」
「しちゅ……?」
 シチュエーションという言葉が、分からないらしい。
 そも、馬超が相手なのだから分かれという方が無理難題かもしれなかった。
 馬超は今、の依頼を受けてドアを塞いでいる。
 昔懐かしのシチュではあるが、オーソドックスな『出て行こうとする女に対し、片足を上げて通せんぼする』という例のアレだ。
 馬に乗っているから(関係ないかもしれないが)か、足の長い馬超にやってもらうと実に映える。
 足を無理なく高々と上げ、ドアの横に置かれたカラーボックスの角に乗せている。
 余るくらい長くなければみっともないし、体が固くてもやはりみっともなくなる意外に難易度の高いこの体勢を、馬超は楽々とこなしていた。
 相貌の麗しさにむっつりと顰められた顔があいまって、実に絶妙のコンビネーションである。
 眺め回して堪能すると、思わず充実の溜息が漏れた。
「……有難う、もういいですよー」
 本当は写真に残しておきたかったけれど、そこまでするとさすがに咎められそうなのでやめた。
 礼を言って、もう足を下ろしていいと勧めたが、馬超に動く気配はない。
「……下ろしていいんですよ」
 が首を傾げるのへ、馬超の爆弾発言が落ちた。
「何だ、口でしてくれるのではないのか」
 あまりにあっさり、自然に言われてしまったもので、最初は何を言われたのか分からなかった。
 何度も頭の中で反芻し、間違いなくそう言ったのだと理解した途端、は一歩飛び退っていた。
「く、く、口、て?」
 の驚きように馬超も驚いたようだ。目を丸くしながら、それでも律儀に応えてくれる。
「……足を上げろ等と訳の分からんことを言うから、てっきりそうだと思ったのだが……違うのか」
「ちっ……違い、ますよ!」
 はただ単純に、馬超という色男に夢のシチュエーションを再現して欲しかっただけだ。
 それ以外、以上も以下も何もない。
 馬超はしばし思索に耽っていたが、おもむろにを振り返った。
「では、ついでだ。してくれ」
「ついでですることじゃないよっ!?」
 思わず絶叫した。
 だが、馬超は動じもせず、この世界に来てから一度も女を抱いて居らず、溜まっているのだと淡々と事情を説明する。
「だから、してくれ」
「だからですることでもないと思うよ!?」
 実に馬鹿馬鹿しい、しかし不退転の決意を見せる馬超に、はしかしじりじりと押されつつあった。
 逃げ出そうにも、唯一の出入り口に当たるドアの前に馬超が陣取っている訳で、は生まれて初めて近代住宅の盲点(大袈裟だが)を垣間見た気がする。
 本当に、がするまで退かないのではないかと思えて来た時、閉ざされていたドアが勢い良く開いた。
 内開きだったドアに押される形で、不意を突かれた馬超が床に転がる。
「んなっ」
 何をすると言いたかったのだろう馬超は、有無を言わさず首根っこを引っ掴まれて出て行った(行かされた)。
 の目がおかしいのでなければ、無言のまま乱入した挙句に片手で馬超を引き摺って行ったのは、月英だったような気がする。
 が喚き散らした声が月英の耳に届き、馬超の不埒な発言を聞き咎めて怒り心頭に発してしまった次第だろうか。
 ともかく、助かった。
 が気を抜き、ついでに腰も抜かしていると、今度は星彩がやって来た。
「……殿、大丈夫ですか?」
 何も知らなげな星彩にわざわざ説明してやる気にもなれず、は力なく笑うのみだ。
 星彩は、不思議そうにを見詰めていたが、詮索するつもりはないのか用件を切り出した。
「月英殿から、伝言を預かって来たのですが」
「伝言?」
 怒りで口を聞くのも忘れてしまった様子だったのに、何を言おうというのだろうか。
 星彩を促すと、星彩はよく分からないのだがと前置きした上で、月英の伝言を教えてくれる。
 曰く。
「女子の方寸を正しく理解し、また正しくお誘い出来るよう全力を持って教育させていただきますので、御安心下さい……と」
――いやそれ無理だから。
 絶句しつつも、胸の内ではツッコミを忘れない。
 ぽかんと呆けたように口を開けているに、星彩の胡散臭げな視線が突き刺さる。
 ただでさえうっかり口説かれてしまいそうな凶悪な美貌の持ち主に、月英仕込みで女心をくすぐるような誘い文句を叩きこんでどうしようというのか。
 断れなくなるではないか。
 どうしようとうろたえつつ、しかしどこかで期待し浮足立ってしまうに、星彩はますます訝しいものを感じて後退るのだった。

  終

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