諸葛亮の執務を手伝い、一息入れようと茶を注ぐ。
 芳しい茶の香りに、疲れが飛んでいくようだった。
「孔明様のお顔って、綺麗ですよね」
 突然口を開いて出たのはそんな言葉だった。
 白面とは真逆の深い黒の瞳が、ひたとに向けられる。
 意識して言ったのではなく、ぽろりと零れるように漏れ出した言葉に、の方が慌てた。
「あ、う、すみません」
「謝られることはありません。褒めて下さったつもりなのでしょう?」
 フォローのように聞こえなくもないが、『お前が褒めたつもりでもそれは褒め言葉として意味をなさない』という遠まわしな苦情だということぐらい、長い付き合いでにもわかるようになっていた。
 こういう時は何を言っても揚げ足取りの言葉が返ってくるだけだから、黙っていた方がいいのだ。
 が無言で茶を啜っていると、諸葛亮はおもむろに口を開いた。
「知っていますか、。この茶も、元は美しい緑色なのですよ」
 それぐらいは知っている。
 発酵させないと緑茶、半発酵で中国茶、発酵させると紅茶と、大雑把ではあるが元は同じ茶葉だと思った。
「見た目は薄汚い粉のような茶ですが、いざ湯を通すとこのように芳しい香りを放つ飲み物になるのです。貴女のようですね」
 一瞬褒められたのかと思ったが、『薄汚い粉』という表現がいい表現だとは思えない。
 思わず渋い顔をすると、諸葛亮は涼しい顔で『苦かったですか』などと聞いてくる。
「……はぁ、まぁ」
 諸葛亮の言葉は『苦』かったが、ご機嫌を損ねた原因は自分にあるのだから致し方ない。
 黙って残りの茶を啜る。
 飲み干し、茶碗を下に置くと、諸葛亮が苦笑いをしていた。
「私はどうも、この手の例え話は得意ではないようですね。貴女に誤解をさせてしまったようだ」
 誤解。
 何の話だと目で伺いをたてると、諸葛亮の目が優しくを捉えた。
「貴女という茶を最大限味わうには、湯という私が必要不可欠……と……そう、申し上げたかったのですよ」
 それは、どう捉えたらいいのだろうか。

 は何度も諸葛亮に問い掛けたが答えてもらえず、寝床の中でもうんうんと唸り続けた。
 これこそ諸葛亮の与えた『罰』のような気さえした。

  終

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