「は、謀ったな、……!」
 床に転がる有象無象を、は冷たく見下ろした。

 現代に突如現れた無双達を、保護することに決めたまでは良かった。
 しかし、はすぐに後悔することになる。
 何せ、『頭』が居ない面子なのだ。
 呂布、貂蝉、董卓、袁紹、張角、左慈と来ればお馴染み『その他』の面子だが、『その他』だけに仕切る者が居ない。
 皆が皆、好き勝手言うものだから、は毎日が忍耐力テストを受けているような気分だった。
 例えば、呂布があまりに理不尽に暴れようとするので、はモデルガンを購入し、呂布と対決する羽目になったことがある。
 と言っても、貂蝉というストッパー付きで、なおかつ『呂布がモデルガンの弾を避けられるかどうか』の勝負だったので、の命はぎりぎりのところで保証されていた。
 当然と言えば当然、呂布は弾を避けられず、破裂したペイント弾によって無惨な敗北の跡を付けられてしまった訳だが、『理不尽に暴れると、これよりもっと強力な武器を持った国家権力に囲まれ、蜂の巣状に穴を空けられる』事実を理解するに至ったので、直後の大恐怖に内心ガクプルしながらも、結果オーライと無理矢理納得した。
 蛇足だが、ペイント弾の汚れはともかく呂布の屈辱までは到底拭い切れず、以来は鉄砲玉よろしく腹にモデルガンを仕込んで生活させられている。
 このように、かなりバイオレンスチックで愉快な生活を送っていただが、口に閉めるものがない董卓が恐れていた一言を言い出した。
 曰く、『酒池肉林がやりたい』そうだ。
「却下」
「何を! このわしがこれだけ我慢してやっているというのに、ほんのささやかな望みすら叶えられんと言うか、この守銭奴めが!」
「まぁ、私のような高貴な者が言うのもなんだが、小銭をけちって大局を見失うようでは、なぁ」
 が小金を持っているのは事実だが、それはすべて董卓等の生活資金に充てられている。
 宝くじの当選金という、正に泡銭であるが故に、無駄な金を使う余裕など爪の先程もない。
――それを守銭奴呼ばわりするか。
 堪忍袋の緒が切れる。
 もっとも、ここ最近とみに切れやすくなっている緒なので、董卓の言葉がなくとも別件で切れていただろう。
 ストレスという腐食材の賜だ。
「……はぁぁぁぁぁん」
 地の底から這い上がるような重低音に、董卓がびくりと震える。
「そーぉ。そこまで仰るなら、まぁ、小銭叩いて酒池くらいは、ねーぇ。準備して差し上げても、よろしいですよー? あんた方が、呑んだこともないような酒を、ねーぇ」
 最終警告のサイレンが、音ではなく気配でがんがん鳴り響く。
 しかし悲しいかな、董卓達の耳には届かないようだ。
「おお、最初から素直に応じておれば、わしもこんな世知辛いことを言わずにおいたものを」
「名家として、庶民のささやかな楽しみなど鼻にも引っ掛けはせぬところであるが、これも経験であろう。よろしい、参加してやらぬでもないぞ!」
「酒とは、天の恵みに他ならぬ。天に愛されし我が、口を付けぬ訳にも行かぬ……これも天が定めしこと、敢えて参じようぞ」
「ふん、酒か。ならば、俺も呑んでやらぬこともない」
 本当に好き勝手である。
 は、視線を転じて発言しない者を睨め付けた。
「あんたらは」
「私は、不調法ですので……『お好き』な皆様に、お譲りいたします」
「小生は、分を弁えて居る。身に相応しきを、知り置いて居るよ」
 貂蝉は顔をほころばせ、左慈はしたり顔でうそぶく。
 危機回避能力の高さはともかく、敢えて止めようとしない性格の悪さには辟易させられる。
 まとめて罠に掛けられれば、少しはすっとするかもしれないが、もヒントを出している甘さを自覚しているから、愚痴を言える身分でもなかった。
「……じゃ、用意します」
 善は急げで、今宵決行と決まった。

「何じゃ、この小さな杯は!」
「さては、この名族に似つかわしい豪奢な杯が用意できなかったか、この貧乏人め」
 は、無言でグラスを片付け、どこんどこんと丼を並べる。
 見た目は美しい藍の色合いに満足してか、それともの気迫に押されたかは分からないが、一応耳障りな文句は治まった。
 最後の情けも踏みにじられ、も遂に愛想が尽きている。
 それぞれの丼になみなみと注がれた酒に、を除く皆の顔が緩んだ。
「Hasta la vista, baby.」
 の音頭に一瞬首を傾げた一同は、それでも久方ぶりの酒宴に浮かれ、折角浮かんだ疑問を流し去ってしまう。
 それぞれがそれぞれに、ぐわっと杯を干した。
 そして、一斉に倒れた。
 は冷酷な目でこれら惨状を見下ろす。
「は、謀ったな、……!」
 死に損ないの戯言など耳を貸す価値もないとばかりに、ふん、と鼻を鳴らす。
様。何を、盛ったのです?」
 可愛らしく小首を傾げる貂蝉は、本当に可愛らしく笑みまで浮かべている。
 これはこれで怖い。
「人聞きの悪いこと言わんで下さい」
 は誓って何も盛っていない。
 ただ、千八百年も昔は酒造の技術もまだまだ未熟、故にアルコール度数の低い酒しか生産できなかったという話を聞きかじっていただけだ。
「沖縄が誇る古酒の度数、七十度の威力や凄まじき」
 歌うように吐き捨てるの言葉は、貂蝉には理解し難かったようだ。
 何となくは分かったようだが。
 アルコール度数の高さを知らず、『慣れ親しんだいつものたかが』酒、と、嘗めて掛かった報いを受け、天下の無双達はの足下にひれ伏したのだ。
 死臭すら漂ってきそうな戦場で、一瞬にして勝利を得たは不敵に微笑み、静かに杯ならぬ丼を傾けた。

「次は、肉林じゃ!」
 翌日早々、董卓が叫んだ。
 酷い目に遭えば遭う程、報いがなくてはいけないと思っているらしい。
 それが、本人にのみ有効であることはもよくよく知り置いていたし、だから優しくしてやるつもりもない。
 否、必要がないとようやく決意が固まったというべきだった。
「さぁって、エアガン買い換えるかな」
 がぼそりと呟く。
「貫通力の強い奴。勿論連射タイプの、威力も速度も連弩並、いやいやそれ以上で、百倍で」
 ひいいい。
 董卓の野太い声が遠くまで響く。
 の堪忍袋が元の強度を取り戻すのは、当分先になりそうだった。

  終

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