夏のかき氷は別格だ。
他の季節でも見かけることはあるが、やはり真夏の暑さの中で食べるかき氷の旨さとは、比べものにならない気がする。
この夏は、かき氷をかく器械を購入して、思う存分かき氷が楽しめる環境ができた。
一度に十を越すかき氷を買う馬鹿馬鹿しさに背を押される形での購入だったが、買って良かったとしみじみ思う。
平均年齢がお高めの集団が、色とりどりのかき氷を夢中でしゃくっている光景というのもなかなかシュールではあったが、まぁ楽しそうに食っているのだから然したる問題はあるまい。
「……あれ」
旨いものを食うと顔がほころぶのが道理だが、一人だけえらく渋い顔をしている者がいる。
曹仁だった。
が密かに観察を試みると、眉間に皺を浮かべながら、黙々とかき氷の山を崩していく。
とにかく手が止まらない。
同じ速度、同じリズムでかき氷をすくい、口に運び、飲み下している。
ああいう食べ方をは知っている。
嫌いなものを食べなくてはならない時、がよくやる食べ方だ。
とにかく早く平らげなくてはという気持ちと、嫌いなものを口にしている悲哀が均衡して、こんな食べ方になる。
――嫌いだったのかな。
嫌いでないにせよ、あまり好きでないという人は、少数ながら存在する。
氷に甘いばかりで体に悪い色素を加えた汁を、蛇蠍の如く罵る者もいないではないのだ。
特に曹仁は、規律を重んじ列を乱すことを嫌う傾向にあったので、本当は嫌いなものを無理矢理飲み込んでいるのやもしれない。
それでは、曹仁があまりに気の毒だ。
はこっそり曹仁の横に回り込み、腰を下ろした。
「曹仁さん」
「……おお、殿」
ほっとしたように手を止めたような曹仁に、は確信を得る。
「無理して食べなくて、いいですよ」
小声で囁くと、曹仁は、はっとした顔でを見遣る。
ああ、やっぱりと頷きながら、はそっと眉間に指さした。
「皺が寄ってますよ。嫌なら……」
「嫌だなどと」
滅相もないと曹仁は頑なに否定する。
けれど、戦場でもあるまいに、少しぐらい好き嫌いしてもいいではないか。
まして、かき氷など嗜好品と言ってもいい、単なるおやつだ。嫌いだと言って、困るものでも恥ずかしいものでもない。
「いいですから、ホントに遠慮しないで」
「遠慮など、とんでもない」
揉め始めた二人に、周りの皆も気付き始めた。
「いいですから!」
「何を、無体な」
取り上げようとする指がすべり、曹仁のかき氷が宙を舞う。
受け止められる筈もなく、曹仁のかき氷は駄目になってしまった。
「あ」
無惨な状態に陥ったかき氷を見る曹仁の目が、悲哀に満ちる。
「どうしたというのだ」
曹操が来てしまい、相手が悪過ぎるは渋々と事のあらましを語った。
の話を聞いていた曹仁は、きょとんとして細い目を目一杯に見開いている。
「……」
「はい」
「曹仁ほど、かき氷を好んで食す者は居らぬぞ」
しかし、曹仁の眉間に皺が寄っていたのは嘘ではない。
「きーんと致して居ったのだ」
曹仁は、眉間を気にして揉み解しながら口を挟む。
「きーんと致して居った故、眉間に皺が浮き、されど好物故、手が止められずに居ったのだ」
早く食べ終わりたいからでなく、好きだから、いわゆる『やめられない止まらない』状態になっていたらしい。
表情に関しては、元からの無表情が災いしたようだ。
すべて、の思い込みである。
「な、何だ……」
自分が好きだから、知らぬ内に強制してしまっていたのではないかと怯えていたは、誤解だったと分かって拍子抜けした。
「よ」
曹操が重々しく口を開く。
怒られるのかと肩をすくめたに、曹操はいたずらな笑みを浮かべて曹仁を指した。
「この曹仁が、冷菓を嫌う道理があるまい?」
「……あー」
ここに来て、未だに全身鎧を纏った曹仁の格好は、確かに無駄に暑そうだ。
脱げばいいと思うのだが、現代にあっても油断はならじと主張する曹仁を説得できず、そのままになっていた。
深く納得したに、思いがけない方向から越え掛けられる。
「ところで、私に何か言うことはないのか」
頭からかき氷を被った司馬懿が、ぷるぷる震えている。
「すいません……」
一応謝ったのだが、顔が笑ってしまっていたので、司馬懿を更に怒らせた。
後日、は詫びの印として、曹仁と司馬懿にドライ素材の衣服を贈った。
焼け石に水でも、ないよりは良いと判断してのことだ。
ただ、そのまた後日、司馬懿はともかく曹仁があまりに着心地を褒めるので感化されたらしく、全員に同じものを贈る羽目になってしまった。
が、それはまた別の話である。
終