犯らせろ。
聞き飽きた台詞に、の目が寄る。
「いいじゃねぇか、俺だって苛付いてんだよ」
言葉の内容通りに刺々しい声だった。
それはそうだろう、衣食住の不安がないと言っても、この現代には悟空の戦闘本能を満足させるような相手は居ない。
力のみならば居るには居るが、それが同居相手の仙人達となれば、悟空の苛立ちが増すのも致し方ないと言えた。
戦って楽しい相手ではないというのは、戦うつもりのないでもそれなり感じ取れる。
何せ、口が達者だ。
太公望、女媧の揚げ足取りは当たり前として、伏犠も相当にしたたかなのである。
力勝負の前に口喧嘩で疲れ果ててしまいかねない。そんな戦いを、悟空が望むべくもない。
結果的に、別方向で鬱憤を晴らす方向に向かおうとしてしまうのである。
即ち、冒頭の『犯らせろ』に繋がる訳だ。
最初は赤面してうろたえていたも、こうも立て続けではいい加減に慣れて、飽きている。
この頃は、口だけのことと気付き始めているから尚更だ。
「犯らせろよ」
幾度目かの呟きに、は持っていた缶ビールをテーブルに置いた。
カン、と軽い音がする。
まるでゴングみたいだな、と何の気なく思った。
「いいよ」
「……だから」
何事か言い掛けた悟空が、あん、とを見上げる。
一瞬の隙を突いて距離を詰めたは、悟空の片膝に腰を下ろすと、その首に腕を絡めた。
「いいよ。ほら」
ぐいぐいと胸を押し付けると、悟空の表情が驚愕に歪む。
「どうしたの。犯るんでしょ、ほら。早く」
「ばっ……馬鹿、お前……」
悟空は慌ててを横に押しやる。
力で敵う筈もないから、は素直に押しやられ、その勢いを利用してすっくと立ち上がる。
すたすたと、何事もなかったかのように冷蔵庫に向かうに、混乱から立ち直ったらしい悟空が、しかし非常に情けない目付きでを盗み見ている。
纏わり付くような視線に、見られていることを重々承知しながら、は敢えて気にせず新しいビールを取り出した。
「お休みー」
「おい……」
悟空の声が追い掛けて来たが、は敢えて無視をした。
本人(?)が追い掛けてくる気配はなく、それも気にしたことではない。
私室に戻って扉を閉めると、ふっと溜息を吐く。
あんまりにしつこいから受けて立った訳だが、悟空にとっては予想外の攻撃だったらしい。
二度は通じまいと思うが。
「……ま、いいか」
別に、それでも構わない。
構わないからこそ、あんな挑発をしたのだ。
悟空は分かっていないと思うが、分からないまま八つ当たりで誘われる気持ちを、少しは考えてみたらいいとはこっそり考えていた。
何はともあれ、今宵の勝者はである。
勝利の美酒を楽しむべく、缶ビールのプルトップを起こした。
プシッと小気味よい音が響くが、にはその音が少し寂しく聞こえていた。
終