連日のニュースで行楽のシーズンだと喚き散らすもので、は渋々とあるイベントに繰り出すことにした。
遊びなど、渋々出向くものではないと重々承知はしているが、では何故渋々なのかと言えば、それは同行する面子に重大な問題があるからだった。
「どうした、! 眉間に皺が寄っているぞ!」
馬超がうきうきしながら突っ込みを入れてくるが、は答える気にもならない。
皺の一つや二つ、何だと言うのだ。
少なくとも、先程までバスの仲でやれ死ぬのもう駄目だだの呻いていた奴に言われたくはない。
ショクの面々を乗せたバスは貸し切りではなかったから、他の客の視線が死ぬ程痛かった。
昨今続く不況を受けてか、『旬を食べ付くそう! 秋の味覚・収穫ツアー』は満席御礼の混雑振りだった。
たが、そのツアーの実に三分の一近くを占める達一行の奇行は、正直いっそ自分達で借り切ってしまうべきだったという激しい後悔をもたらした。
電車を見て悲鳴を上げる、バスを見て吠える、SAで迷子になる等、とりあえず迷惑になりそうなことは一通り済ませている。
まぁ、電車の中で痴漢を捕まえて、その腕を捻り上げた挙げ句に精神崩壊寸前まで説教垂れた月英は良しとするべきか。
やっとの思いでたどり着いたのが、この芋畑だった。
ここで収穫して、漁港に寄ってサンマ食べ放題をして、野菜の激安即売所で締めるというのがこのツアーの全容だが、は早くも帰りたくなっている。
「殿、大丈夫ですか」
「ありがとう、星彩。でも、私は大丈夫だから」
が指さす方向に、早くもだらけてぶらぶらしている張飛の姿がある。
星彩は、無言でこっくり頷くと、父親の即時回収に向かった。
張飛のみならず、武将達のテンションはだだ下がりだ。
武の道一筋を志している面子ばかりだから、突然芋を掘れと言われても嬉しくも楽しくもないのだろう。
がふっと横を見ると、先程までうきうきしていた馬超が早くも飽いて芋の葉をむしっている。
畑仕事などしたことがなかったから、最初の内は興が乗っていたのかもしれないが、次第に冷めてしまったのだろう。冷める速度が尋常でないが、進軍においても神速を尊ぶ騎馬の将であるから、すべてにおいて応用されてしまうのかもしれない。
「……今、何かとんでもなく無礼なことを考えなかったか」
馬超がをじと目で睨むが、勿論は早漏などと考えてはいなかったので、首を振って否定した。
しかし、困った。
ここ最近エンゲル計数が気になる年頃になっていた為か、ざらっと並べたパンフの中から速攻で見出したツアーであったが、こうもだらだら愚痴愚痴されてはかなわない。ストレス解消のつもりが新たにストレスを溜め込まれるようなことになっては、大枚叩いた甲斐がないというものだ。
せめて芋を掘って費用の穴埋めするかと、一人日悲壮な決意で軍手を装着したの耳に、人々の悲鳴が飛び込んできた。
まさかアイドルでも紛れ込んだ訳でもあるまいしと目を向けると、そこには本当にアイドルが居た。
アイドルはアイドルでも、ショクが誇る無敵のアイドル、老若男女を問わず籠絡せしめる手錬れ、君主劉備ではあったが。
「…………」
何しとん、あの人。
至極真っ当な感想を胸に、とりあえず駆けつけてみると、群衆の向こう側で泥が舞い上がった。
さてはこのせいかと、目眩を抑えて人垣に割り入る。
謝るにしても何にしても、まず劉備を止めてからだ。
「……せいあっ!」
気合い一閃、再び泥が舞う。
けれど、人々が上げている悲鳴は、が想定していた悲鳴とは少々質が異なっていた。
「すげぇ!」
「カッコイイ!」
後者の意見には賛同しかねたが、確かに劉備は凄かった。
何が凄いって、劉備が青々とした蔓を引っ張ると、泥土も舞うが芋も舞う。
芋蔓式の正しい有り様を目の当たりにし、それで人々は悲鳴という名の歓声を上げているようだった。
常々感じていたことだったが、最近の若い子は『わぁっ』と叫ばず『ぎゃあっ』と叫ぶ。
それがいいことでも悪いことでもだ。
教育委員会は、こういうところにも目を向けるべきであろう。小川がどう流れるかよりも、むしろこういうことの方が重大な気がする。
悲鳴の原因が分かったので、は自分に割り当てられた一角の前に陣取った。劉備に倣って一気に引っこ抜こうと試みるが、意外にこれが難しい。
おとなしくシャベルで掘り起こそうとしても、シャベルの刃が芋の蔓や身を傷付けて、途中で切れたり折れてしまったりする。
食べ物だから、なるべく綺麗に収穫したいというのが人情だ。毒ではないとしても、一度付いた泥の汚れは落ちきらないし、となればその部分は無駄になってしまう。
せっかく名人が居ることだしと、教えを請いに再び劉備の元に戻ってみて、は後悔する羽目になった。
「せいっ」
泥が舞う、芋が舞う。
それはいい。
なかなか見事な光景だ。
だが、劉備が今芋を『釣り上げた』のは、劉備に割り当てられた畝ではなく、隣の主婦の畝である。
エンゲル係数に関しては、など比較にならない程度の強者だ。
これは、今度こそ揉め事になるぞと眉間に皺を寄せ、顔を強ばらせている主婦と劉備の間に入るべく走った。
が。
「失礼した。貴女の指を、土で汚してはならぬと勢い込んでしまった……どうか、許していただきたい」
泥にまみれた芋を、膝を着いてそっと主婦に捧げる。
そんな劉備に、主婦の険しい目が一瞬でとろけた。
「信じていただけるだろうか……」
目に涙を浮かべる劉備に、主婦の首はもげる勢いで縦に振られる。
良かった、と劉備はにこりと微笑み、良ければ、と礼儀正しく指を揃えて芋を指す。
「私が、掘って差し上げたいが……これでなかなか、難しいもの故」
主婦に否はなかった。
ぽかんとするの肩を、背後からつつく者がある。
振り返ればね諸葛亮だった。
「殿なら、心配はありませんよ」
「……の、ようですね」
諸葛亮の言によれば、久々の野良仕事に血が騒いでいるだけなのだそうだ。時間になればおとなしく引くだろうから、放っておくのが良いと言われた。
「でも、どうせやるなら他の連中の分やってくれればいいのに」
諸葛亮の言う通り、芋の収穫には時間制限がある。
さぼっている連中の分をやってくれた方が、元を取る意味でも助かるのだ。
しかし、諸葛亮はの主張にも動じることなく、畑の方を指さした。
「……おぉやぁー?」
先程まで無人の畝だった筈なのだが、今は図体のでかいのがそれぞれに土と戯れている。
「あの……何か、言ったんですか」
「いいえ、別に。ただ、うちの将達は、殿がやることには率先して従う忠信ばかりですから」
の頭の中に、一瞬、『激高して芋畑に向かおうとする劉備を懸命に止めようとする趙雲、止められないと諭す諸葛亮』の小芝居が浮かんだが、当の趙雲は一心不乱に芋を掘っている。
「何か」
諸葛亮が察しよく突っ込んでくるが、は首を振った。
そして、ふと気が付いた。
「諸葛亮さん、その格好……」
「あぁ、如何でしょう。間違っていませんか?」
間違っていると言えば間違っているが、何と言って説明していいか分からない。
諸葛亮は、長い髪を後ろで一つにまとめ、麦藁帽を被り、白いシャツと淡いグレーの作業ズボン、足は黒のゴム長で揃え、更には首に木綿の手ぬぐいを掛けるという、この上なく農夫な格好を決めていた。
合ってはいるのだが、間違っていると言わずして何とする。
「ちょ、月英さ……」
こうなりゃ女房に止めてもらえと振り返った先に、長い髪を後ろで一つにまとめ、垂らした手拭いの上に麦藁帽を被り、どこで買ってきたと突っ込みたい紺色の絣柄モンペ、足はゴム底の地下足袋にまとめたこの上なく農婦な格好を決める月英が鍬を背負っていた。
「殿ー」
手を振られても、困る。
背けた目の先に、泥と芋が舞い上がる人混みが在る。
更に背けた目の先に、気合い一閃芋を掘りまくる暑苦しい青年から老年の集団が在る。
しかも、何か『正義の為にー』とか『まだまだ若い者には負けんぞぃ』とか言っている。
もう一度背けた先に、農夫が素敵に腹黒い爽やかな笑みを浮かべていた。
もういいやー。
は、安住の地を自分に割り当てられた芋畑に求めた。
ここだけは、誰にも邪魔されないだけの芋畑だ。
ミミズと戯れる道を選ばざるを得なかったの心を、空を舞う鳶は知っているのだろうか。
秋の空はあくまで深く青く、奇態な集団を容赦なく見下していた。
終