大金が入ったら、やってみたい『しょーもないこと』という奴は、それなり多いと思われる。

 やたらと長く固い紐に、典韋は悪戦苦闘していた。
 下手に力を入れると切れると言われて、おっかなびっくりな状態だ。
 紐には、トゲトゲしたものが数多くぶら下がっていて、それにも辟易している。紐を持つ腕にちくちく刺さって、痛くはないが鬱陶しいのだ。
「今度は、こっちー」
 典韋の横に居た許チョが、おたおたしながら走っていく。
 その手にあるのも、典韋が持っているのと似たようなものだ。
 ただし、トゲトゲの色は多少違っている。
殿、こちらは、これでよろしいか」
 二階のベランダ部分で奇妙な人形の固定に勤しんでいた張遼が、作業中のに声を掛ける。
 は、身軽く梯子から降りると、庭を横切って張遼の正面位置に陣取ると、指を四角く組み合わせた。
「……んー、オッケーです。有り難うございました」
 戻り際、典韋の横をすり抜けつつ『後少しですから』と声を掛けていく。
 何が後少しなのか、典韋には分からない。
 あちらこちらで作業していた他の将達は、張遼と同じように『おっけー』を出された順に居間に戻っていた。
 残っているのは許チョと典韋だけである。
「うん、おっけー。許チョさんも、お茶しに行って下さい」
 と、遂に典韋一人となった。
 許チョは、自分も残ろうかと申し出てくれたのだが、にすぐに終わるからと断られて典韋の方を振り返る。
「わしのことなら、気にすんな」
 典韋の言葉に、許チョもようやく動く気になったようだ。
「お茶と蜜柑、用意して待ってるだよー」
 有難い申し出を残し、手を振り振り家の中へ戻る許チョを見送る。
 直後、典韋は小さく鼻を鳴らした。
 元々外に居るのだから関係ない筈なのに、人が少なくなればなる程肌寒く感じられるのが不思議だ。
 辺りはすっかり夕暮れの色に染まり、早くも夜の闇を予兆させている。
 暗くなれば、灯りがあっても危なかろうなとふと考えた時だった。
「あっ」
 小さな悲鳴と共に、を乗せた梯子が傾ぐ。
 声を上げるよりも早く、典韋の足は駆け出していた。
 幸い、も梯子も転倒することなく済んだが、典韋は腹の底から驚愕し、心臓が打ち鳴らす耳障りな鼓動にイラつきを覚える。
「もう、今日のところはここら辺にしといたらどうだ。危なっかしくてしょうがねぇ」
 吐き捨てるような典韋の言葉に、は困ったように苦笑を洩らす。
 そんな顔をさせるつもりではなかっただけに、典韋のイラつきはますます加速した。
 もう一度、同じことを繰り返そうとした典韋に、の手が伸びる。
「そしたら、典韋さん、先に戻ってて下さい。ごめんなさい、寒かったですよね」
 紐を貸せと、の手は主張している。
 何だか腹立たしくて、典韋は紐を持つ手を引っ込めた。
「……後、少しなんだろうが」
 子供のような駄々をこねている、と典韋は恥ずかしくなった。
 誤魔化すように唇を尖らせるのを、が困ったように見ている。
 それがまた、恥ずかしい。
「ほれ」
 典韋は、の横をすり抜けて梯子を掴む。
 力強い手に握り込まれた梯子は、がっちり固定されて如何にも安定した。
「……有難う、ホントすぐ、終わらせますからね」
 が再び梯子を登る。
「すぐでなくていいから、気を付けろぃ」
 一人言のように呟く典韋に、は黙って笑うだけだ。
 梯子を二三度移動させはしたが、作業はが言った通り程なく終わった。
 更に一通り点検をして、は典韋を振り返る。
 日は沈み、家の中から漏れる灯りがなければ本当の闇に沈んでいるだろう庭は、いっそう冷え込んできた。
 早く戻らねば、自分はともかくは風邪を引くだろう。
 ともかく、一度中に戻らせなくてはと振り返ると、の姿がない。
「典韋さん」
 声のした方を見遣ると、が玄関の横で手を振っている。
 変に気を回したかと赤面するも、はそこで止まっていろと典韋に手のひらを向けてきた。
 何が何だか分からなかったが、とりあえずの言う通りにする。
「典韋さん最後まで付き合ってくれたから、一番に見せてあげますね」
 言うなり、ごとりと重い音がする。
 同時に、典韋の周辺がぱっと明るく煌めいた。
「こ、こいつは……」
 典韋は、絶句していた。
 庭木や家の壁、手すりや樋に添って、様々な色の光が美しく輝いている。
 その一つ一つが瞬き、きらきらとした眩さが暗かった庭の隅々まで照らし出すようだ。
「まるで、星が落ちて来たみてぇだ……」
「ん、言い得て妙ですねぇ」
 思わず呟いた言葉に、いつの間にか戻ってきていたが感慨深げに頷いた。
「綺麗でしょ、ね。こういうの、見たことないですよね?」
 にこにこ笑うの顔が、数え切れない瞬きに照らし出され、酷く儚く見える。
 やたらと落ち付かなくなって、けれどもそれを覚られたくなくて、典韋はこっくり大きく頷くに留めた。
 しかし、に気にした様子はない。
「よかった」
 嬉しそうに笑うと、典韋の横に立ったまま、初めて点すイルミネーションを飽かず見詰めている。
 どうして自分を最後まで付き合わせたのか、恐らく深い意味はないのだろうと察しながらも、典韋の鼓動はなかなか静まってはくれなかった。

  終

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