大金が入ったら、やってみたい『しょーもないこと』という奴は、それなり多いと思われる。

 がケーキを出すと、蜀の武将達は一斉に注目した。
 そして、声にならない衝撃が走る。
 ちょいーん、という擬音がぴったりなクリスマスケーキは、丸くはあったが小さかった。
「ついに金が尽きたか」
 心情を素直に吐露した馬超の辺りで、瞬時に破壊音が沸き立つ。
 蜀の武将らをまとめて養えているのは、ひとえにの引き当てた宝くじの懸賞金のお陰なのだが、それが尽きるということは即ち全員共倒れの意に等しい。
 軽口で言っていいことでは決してなく、故に馬超周辺に陣取っていた各武将が、責任持って馬超に制裁を加えたものらしかった。
 少々やり過ぎな気もしたが、が成都攻めの事実を知っていると理解しているからこその制裁であろう。
 まさかこの現代で母屋を乗っ取ることはあるまいが、『やられては敵わない』とが考えて行動に移せば、即進退きわまる事態に陥る訳だから、慎重な武将は慎重だ。
 もっとも、がそんなことをする筈がないと信じ切っての軽口でもあろうから、どちらがどうとは言い難い。
 笑いのスパイスとして、単なるボケツッコミと捉えるのがなりの解釈としている。
 それはともかく、確かに馬超の指摘通り、が用意したケーキは小さかった。蜀将十数人で分けるには、とてもでないが足りない大きさである。
 更に、その小さなケーキをわざわざ一回り以上大きな皿に乗せているものだから、ケーキの小ささが一段と際立っていた。
 と、がケーキの中央に、細く長い蝋燭を立てる。
 着火器で火を点すと、おもむろに中空に手を掲げた。
「宣誓ー。私達ー、武人一同はー、武の精神に則りー、正々堂々と戦うことをー、ここに誓いまーす。いわゆるメリクリの聖夜ー、クリスマス一人準備委員会会長ー、でしたー」
 体育祭に参加したことのない蜀将達はぽかんとしているが、いわゆる開会宣言を終え、が蝋燭の火を吹き消す。
 それが、競技開始の合図となった。
「第一回、蝋燭倒しゲームー」
 口でドンドンパフパフ言いながら、は蜀将一人一人にフォークを渡して回る。
殿、これは?」
 劉備が戸惑いがちに訊ねるのを受けて、はようやく説明を始めた。
「何、簡単です。このケーキに刺さってる蝋燭を、倒さないようにこうやって」
 は、無造作にケーキにフォークを突き立てた。
 ケーキを崩すように切り分けると、大きく口を開けてぱくりと咥える。
 あっと声が上がるのを無視し、ゆっくり噛み砕き飲み込むと、説明を続けた。
「……順番に食べていく訳です。蝋燭倒しちゃった人が負け。ね、簡単でしょ?」
 皆が理解したのを確認すると、今度は順番の決め方だ。
 じゃんけんで決めようかと思ったが、諸葛亮がそれを止めた。
「ここはやはり、殿からお願いいたしましょう」
 劉備の顔がぱっと輝く。
 甘いもの好きな劉備は、ケーキもことの外お気に入りなのだ。
 嬉しげに、また遠慮なく切り分けるもので、関平が声もなく悲鳴を上げた。
 特に甘いもの好きという訳ではないが、少々不器用な嫌いのある関平であるから、最初から配分を考えずに飛ばす劉備の所業に、嘆きを隠し切れなかったのだろう。
 当の劉備は、口の端にクリームを付けて、かなり幸せそうだ。
 とは言え、別に違反している訳でもない。
 咎めようもない次第である。
「じゃあ、次……」
「ここは、年の功を優先させてもらうぞぃ!」
 黄忠が張り切って進み出るのを、止める者はいなかった。
 豪快な黄忠は、その気質のままにこれまた豪快にケーキを切り取っていく。
 再度、関平の声なき悲鳴が漏れた。
 蝋燭は既に傾き掛けている。ここからは、慎重な動きが求められるだろう。
「では、次は髭殿でしょうか」
 諸葛亮が穏やかに微笑むと、関羽が進み出てケーキを崩す。
 蝋燭を微動だにさせぬ的確かつ優雅なフォークの動きは、武骨な手から繰り出されているとは到底信じ難い。
 とはいえ、量的にはそれ程でもなかったから、関平から悲鳴が上がることはなかった。
 甘いものはそれ程得意でない関羽だったから、道理といえば道理である。
 関平が関羽に文句を付けるかどうかは、また別の話であろう。
 では次、となった時、突然張飛が躍り出してきた。
「俺だな!」
 位置的には、次は馬超であろうと見られていたのだが、たまたま五虎将軍が続いたので張飛の負けん気を刺激してしまったようだ。ご老体のわがままはともかく、関羽の次は自分であるという自負が働いたものらしい。
 誰も異論を唱える者はなかったが、気が急いたか、張飛のフォークは蝋燭の根本からごっそりケーキを削り出す。
 傾いでいた蝋燭がぽろりと落ち、皿の上に転がった。
 皆が皆、息を飲む。
 張飛の顔が見る見る内に真っ赤に染まり、そのこめかみには太い血管の筋が浮き上がった。
「な、なしだなしだ! これは、ちょっとした間違いだ!」
 間違いか否かはともかく、ケーキの残りはほとんどない。
 張飛のフォークがぐっさり刺さったケーキを取り上げて食べる訳にも行かず、残りの面子にはやや不満げな空気が漂った。
 食い意地を張っている訳ではなかったが、食べられるものとして意識してしまうと、どうしても恨み辛みは残るものだ。
 いわゆる、食い物の恨みは何とやらと言う奴だろう。
 しかし、不穏な空気を尻目に、は一人淡々とした表情でケーキの入っていた箱をひっくり返す。
「……あぁ、はい、じゃあ張飛さんは風呂掃除お願いします」
「あ?」
 が箱をくるりと回し、皆に見えるようにして底面を差し出す。
 そこには、『風呂掃除』と書かれたメモ用紙が張り付けられていた。
「どうします? 続けて参戦してもらってもいいですけど、負けたら担当増えますよ」
「た、担当?」
「年末の大掃除の掃除担当。あと、庭掃除と台所とダイニングと玄関とー……まだまだありますからねー」
 奥からケーキの箱が幾つも運び込まれてくる。
 どれも小さめだが、何しろ数が多い。すべて食べられるかどうか、微妙な雰囲気だ。
 は、そんな蜀将達を無視してさっさと次のケーキを選び取った。底は見えないように、すぐにテーブルの上に置いてしまう。
 蜀将達の物言いたげな目を無視し、は一人ごちた。
「しょうがないでしょうが、だって劉備さんがあれも食べたいこれも食べたいって言って引かないんだもん。どうせ掃除場所だって揉めるに決まってんだから、これを機に決めちゃうんですー」
 如何なとて、これだけの人数が住まう家を一人で大掃除するのは御免被る。実際一人で住んでいるならまだしも、一緒に住んでいる人間が暇そうにしているのを横目に見ながら掃除に勤しむなど、冗談ではない。
 だからと言って、面と向かって掃除しろとは言い難い。
 劉備のわがままに頭を抱えている時、思い付いたのがこの罰ゲーム方式だったという訳だ。
「それに、勝負には賞罰が絡んだ方が、面白いでしょ?」
 応えはない。
 が、反論もなかった。
「よし、じゃあ決まりねー」
 最初のケーキの残りは張飛担当として押し付け、は次のケーキの準備に掛かる。
「……あの」
 不意に、姜維が手を挙げた。
 今更反論かと思われたが、そうではなかった。
「勝ち残ったら、どうなるのでしょうか」
 そこまでは考えていなかった。
 はしばし考え込み、しかし何も思い浮かばず首を傾げる。
「んー……その人は、掃除しないでいい、とか?」
「それでは、非効率かと」
 大掃除ともなれば、あちらこちらと追い立てられて居場所の確保にすらままならなくなる。
 だいぶ馴染んできたとは言っても、の案内なしに外をうろつくところまで慣れきった訳でなく、けれどもなしに大掃除が成り立つとは思えない。
 これでは、とても賞罰の賞とは言えないと姜維は主張した。
 もっともと言えばもっともだ。
「……えー。じゃあ、どうしろって」
 が困り果てて眉を寄せると、ここぞとばかりに姜維の顔が輝いて、微妙に嫌な予感に駆られる。
「ならば、勝者には望みを一つ叶える権利をお与え下さい!」
「はぁ?」
 意味がよく分からず首を傾げるに対し、姜維はやる気に満ちて拳を固く握り締めてすらいる。
「……いや、つったってあんまり高いものとかは困るよ、さすがに」
「いえ、金子の掛かるものではありません……私にとっては、何より尊くはありますが!」
 ぽっと頬を染める姜維の様に、何だかもう嫌な予感しかしなくなってくる。
 どうにかして逃げ口上を捻り出そうとしたを制するかのように、蜀将は一斉に声を上げた。
「面白そうだ」
「その勝負、乗った!」
「勝負と言われて、退く訳には参らぬな」
「よろしいでしょう」
「楽しませてもらおうかね」
「うが」
 お前等、と額に浮いた脂汗を拭うをよそに、順番の決め方で早速言い争いになっていた。張飛までもが、ケーキの残りを頬張りつつ、騒動に加わっている。
 掃除のことは、最早頭にないらしい。
 先に景品を限定しておくべきかとも思うが、口を挟めそうな余地がない。
 酒一升なら余裕で叶えられようが、まさか貞操をくれとは言われませんようにと、祈るばかりになってきた。
 ただ、相手次第では流されてしまうかもしれないと思う弱いも居ないではない。
 さておき、完全に置いてけぼりになりつつある光景を眺める。
 大好きな彼らが、今こうして平和に騒いでいるのを間近に見られるなど、世界中のどんなプレゼントより尊い気がする。
 これはこれで悪くないと思ってしまう自分に、は一人苦笑するのだった。

  終

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