女官に頼まれ、司馬懿の元に茶を運んだ。
 ここ数日は特に機嫌が悪いようで、かなり苛々している。特に執務の間は度が過ぎているほどで、女官達は司馬懿を恐れて近付こうともしない。
 そんなわけで、司馬懿を恐れないが出向くようになったのだ。
 いつもと同じように茶を運び、執務机の端に置く。
 は、繁々と司馬懿の顔を見詰めた。
「……何だ」
「仲達様って、顔、綺麗ですよね」
 突然口を開いて出たのはそんな言葉だった。
 途端、司馬懿の口が真一文字に引き締められ、白い目でを見遣る。
 また馬鹿なことを言いおる、と態度で示しているかのようだ。
 が一礼して室を出て行こうとすると、司馬懿がぼそりと何か呟いた。
「……何か、ご用向きがありますか」
 急ぎ足で引き返すが、司馬懿はうるさそうに眉を顰めるだけだった。
 気のせいかと頭を下げ、また背を向けると今度は聞こえた。
「何か、買ってやろうか」
 くるりと振り返ると、司馬懿は口をへの字にしていかめしい顔をしていた。
 しかし、先程の声は気のせいではなく確かに聞こえた。
「えぇと、筆が切れているので、良ければ」
「そんなもの、自分の金で買え」
 拒否されてしまったが、やはり聞き違いではなかったらしい。かがり糸とか洗濯だらいとか、欲しいものを挙げていくが司馬懿のお気に召さないらしい。
 結局考えておくと言うことで落ち着き、は室を後にした。

 後で、怖くなかったかと女官に問われるが、には彼女達が何を怖がっているのかがわからない。
 けれど、司馬懿の時間を買えたら一番素敵、と考えていたのに口に出せなかったのは、やっぱり自分も司馬懿が怖いからだろうかとふと思った。

  終

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