大金が入ったら、やってみたい『しょーもないこと』という奴は、それなり多いと思われる。

 欲しいものを買っていいと言ったのは、確かにである。
 それは、貂蝉以下数名が聞き届けていたから、間違いないし言い訳するつもりもない。
 けれども、物事には何でも限界というものがあるではないか。
 確かに、が渋い顔をしただけで引くなら、呂布も人中の呂布とまでは呼ばれまい。
 だがしかし、ならぬものはならぬのだ。
「何と言おうと、戟なんて買えません」
 クリスマスだから、欲しいものがあったら買ってやろうと仏心を出したのが、そもそもの間違いだ。
 誰とは言わないが、酒池肉林とか言われた時点でとっとと引っ込めれば良かった。
 そうすれば、金で買えるもの、と限定した途端に呂布から『方天戟』が欲しいと言い出されずに済んだ筈だった。
 売ってねぇだろと怒鳴ったの横で、鈴のような軽やかな声が『売ってますよ』と突っ込んでくることもなかったろう。
「『ねっと』で調べましたから」
 売ってることに突っ込むべきか、貂蝉がいつの間にかネットを使えるようになっていることに突っ込むべきか、は躊躇してしまう。
 その隙に、貂蝉は素早くパソコンの検索画面を表示させ、皆に向かって指し示した。
 ら、ホントに売っていた。
 は呆然とする。
 何というバカなものを売ってくれるのだ。
 横目で盗み見ると、呂布は実に満足げに頷いている。
 これはもう、買わずに納めることは無理だろう。買わなければ、の命が危ういと見て間違いなかった。
 何とかに刃物の例えがあるが、呂布に方天画戟の非ではない。
 警察沙汰になったらどうしようと、途方に暮れた。
「良いでしょう、様」
 美人が笑うと、美人度に拍車が掛かる。
 また、美人度が上がった超美人に『ねっ』と念押しされると、一般市民に逆らう術はない。
 象の前の蟻、日本刀の前の豆腐である。
「……暴れたら、取り上げますからね」
 それが無理なことは、百も承知だ。
 けれども、釘を刺さずには居られない。
「大丈夫ですよ、様」
 またも『ねっ』と首を傾げられ、にこっと笑われる。
 何が大丈夫なんだか知らないが、念押しするなら呂布にしてくれ、と頭痛が止まなかった。

 クリスマス当日。
 貂蝉の言った言葉は真実となった。
 届いた方天画戟は、細部まで精巧に作り込まれた見事なもので、柄に彫り込まれた彫金に至るまで、惚れ惚れとする出来だった。
 そのサイズを除いては。
「……何だ、これは」
「何だって、ご希望の品ですよ」
 貂蝉の示した画面から、そのまま発注したのだから間違いない。
 呂布の額に、青筋が浮かび上がる。
「暴れたら、取り上げますよ」
 一応牽制してみるが、今の呂布はむしろ、これをに投げ付け返して暴れるだけ暴れたいように見えた。
 まずいかなと、内心冷や汗にまみれていると、嬉しげにはしゃぎながら貂蝉が乱入してくる。
「まぁ、見事な。奉先様が使っていらっしゃるのと、そっくりですわね」
 こことか、こことかと指さしながら、いちいち呂布の目を覗き込む貂蝉の仕草に、女の本当の怖さを知る。
 見る見る内に機嫌が直っていく呂布のだらしなさに、何とはなしに腹が立った。
 不機嫌だと気付かれるのも腹立たしくて、はケーキを切り分ける振りをしてその場を離れた。
「お手伝いいたします」
 貂蝉が目敏く追い掛けてくる。
 内心複雑ながら、断る理由もないので苦笑いして礼を言うと、貂蝉がこっそり耳打ちしてきた。
「……ね、大丈夫だったでしょう?」
 は思わず貂蝉を凝視する。
 黙ったまま、悪戯っぽく貂蝉は、軽く首をすくめて小さく舌を出す。希代の舞姫らしからぬ可愛らしい仕草に、の毒気も抜けてしまった。
 どうも貂蝉は、その大きさまで理解した上であのページを見せたらしい。
 怒濤の展開だった故のうっかりもあるが、も気付かなかったくらいだ。値段も、正直相場が分からなかったのとそこそこ良い値段だった為、ついつい『1/1スケール』と思い込んでしまっていた。
 恐らくは確信犯なのだろう。
 さすが、たった一人で離間の計を成功させただけはある。
「……ケーキ、食べますか」
「はい」
 敵わんなぁ、と改めて思った。
 貂蝉にだけは逆らわないでおこうと、は固く誓うのだった。

  終

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