正月を迎え早数日、は今更ながら初詣に行くことにした。
「行きたい人、いる?」
 声を掛けてみるも、リビングには死屍累々、もとい酒精にまみれて倒れ伏した人々が転がっているばかりだ。
 半ば寝ぼけている者、真顔で呑み続けている者、鼻歌交じりにご機嫌な者と、様々ではあるが、軒並み酔っぱらっていることに変わりない。
「私が、皆様のお世話をいたしましょう」
 酔ってなさそうな月英が進んで申し出てくれて、の外出に支障が無くなった。
 一人で行くのも味気ないが、折角だから行ってこようかと踵を返すと、鼻を思い切り打ち付けた。
「大丈夫か」
 熱くなった鼻に、水しぶきが飛ぶ。
 何事かと目だけ向けると、何故かびしょびしょの馬超がを見下ろしている。
 どうも頭から水を被ったらしい。
「何した」
 呆れて訊ねると、酔いを醒ます為だけに水を被ったそうだ。
「はつもうでとやらに、行く!」
 力強く握り拳を作る馬超に、更に呆れる。
 知りもしない日本の風習に、どれだけ命を張ろうと言うのか。
 けれども、一人で行くのも何だなと思ったし、馬超一人連れてなら移動もしやすいか、と了承した。
 行くなら髪を乾かしてからだと馬超を洗面台に送り出すと、誰かに肩を掴まれる。
 あん、と振り返ると、趙雲がコートを着込んで立っていた。横には、姜維と星彩が並んでいる。
「さ、行こう」
「イヤ、馬超……」
 足を動かしていないにも関わらず、の体はあれよあれよと玄関に流される。
 玄関を出てしばらくすると、背後から馬超のがなり声が轟き渡った。
 趙雲が小さく舌打ちした。
 仲が悪いのでは決してなく、単に好かないだけだと聞いている。
 両者にどれだけの差があるのか、のような凡人には測り得ない。

 神社は、思った以上に混雑していた。
 と同様の思考を持ち合わせている人の数は、思った以上に多いらしい。
 賑やかな屋台の並びに目を奪われ、うっかりするとはぐれてしまいそうだ。
 気を付けなくてはと後ろを振り返ると、槍三人衆と美少女一人が着いてきている筈なのに、数えてみると三人しか居ない。
 目の錯覚で済ませたかったが、居ないのが馬超ではなく星彩だった為、安易に流すことも出来なかった。
「どういう意味だ」
 馬超じゃないのか、の一言に耳敏く反応した当人が文句を吐くが、はあっさり聞き流す。
「うーん、じゃあ、ここらで待っててくれる?」
 が今来た道を引き返して探してくる代わり、趙雲等に残ってもらうことにした。
 人混みに紛れてすれ違ってしまわないとも限らない。
 星彩が迷子なんて珍しいと、うろうろ視線をさまよわせながら探し歩く。
 と、妙にぽっかり空間が空いている場所があった。
 何だか気になって、ふらりと近寄ってみると、そこにはやはり星彩が居た。
 長身の、華やかな面立ちの美少女が、何やら真剣な表情で屋台の前に陣取っていれば、それなり気にもされるだろうし目も引くだろう。
 見ているものがお面とあっては、どんな因果がと妄想されても仕方がない。
 困っている屋台の主に軽く頭を下げると、保護者と察したらしく露骨にほっとされる。
 そんなに長い間ここに立ち尽くしていたのかと思うと、何だか申し訳なさに拍車が掛かる気がした。
「星彩、どうしたの」
 声掛けると、星彩の肩が大きく揺れる。
 ひょいと振り返った星彩の目にが映ると、それまでの沈痛な顔が嘘のように蕩けた。
殿」
 美人は笑うだけで得というのがの持論だが、星彩のこの笑みは正しくその論拠とするに相応しいものだった。
 星彩を気にして、ちらちらこちらを見ていたお面屋の主も、星彩の笑みを見た途端に強張っていた顔が一気に緩む。
「どうしたの」
 問えば、星彩はお面の一つを指差す。
「魏延殿の面に、似ていると思いませんか」
 特撮ヒーローの面は、二色に塗り分けられた上に更に対象的な色が不可思議な模様として乗せられており、魏延のものと似ているとまでは言い難かったが、雰囲気だけならそれなり通じるものがある。
 正直に答えると、星彩は再びお面に見入り始めた。
 また立ちんぼになっても商売の邪魔になると、は慌てて口を開いた。
「このお面が、どうしたって?」
「いえ……」
 逡巡する様子を見せた星彩だったが、に促されて苦笑を滲ませる。
「……いえ、本当に大したことではないのです。……こんな仮面が売られている所なら、魏延殿も一緒に来られたのではないか、と……」
 が声を掛けた時、魏延がの方を見ていたのを、星彩は偶々目撃していたのだと言う。
 仮面を被っているから、表情までは定かでなかったものの、繰り抜かれた穴から覗く眼差しが少し寂しげに見えたような気がしたと星彩は語る。
「……あー」
 何と言っていいか分からない。
 麻紐に吊るされたお面は、見るからに安っぽいセルロイド製のものだ。魏延が被っている仮面とは、比べようもない。
 けれど、現世に飛ばされて来た蜀将達の中で、唯一外出らしい外出をしていないのは魏延だった。
 蜀でもここでも、己の姿が異形であることを魏延は理解している。
 も他の皆も、魏延が外に出ることを良しとしていなかった。
 必ず騒ぎになるからだ。
 だから、魏延の『理解』を良いことに、魏延が本当はどうしたいのか知ろうともせず過ごしてきた。
 今更ながら罪悪感が生まれるが、正直どうしようもない。
 唯一無二の手段は、魏延が仮面を被るのを止めてくれることだ。
 魏延がそれをしない限り、外出はしないだろうし、もさせないと思う。
 眉間に皺を寄せたに、星彩は申し訳なさそうに目を伏せる。
「申し訳ありません……埒もないことを言ってしまいました」
「……んにゃ、埒もなくはないよ」
 は、星彩が指差したお面を買い求める。
 不思議顔の星彩に、努めて笑みを浮かべて見せた。
「とりあえず、魏延殿にこのお面に変えてもらえないか訊いてみよう。もし大丈夫だったら、松の内の間くらいは外に出ても大丈夫かもしんない」
 星彩の顔がぱっと明るくなる。
 薄く血の気の差した頬は、薔薇色と称するに相応しい美しい色合いだった。
 ただでさえ目立つ美人が、余計に目立つ。
 お面の代金を支払うと、は星彩の手を引き、急いで趙雲達の待つ場所目指して歩き始めた。
 繋いだ手を、星彩が握り返してくる。
「……今日、星彩の好きなもの買っていいよ」
「え?」
 戸惑う星彩に、は笑い返す。
「日本じゃね、正月には年長者が、下の者にお年玉というのをあげるという風習があるのさー」
 本当は、星彩の優しい気持ちに何か報いてやりかったからだ。
 だが、そんなことを言えば星彩は決して受け取るまい。
 金を渡せば父親に渡してしまうような星彩だったから、物を与えるのが適当に思われた。
「それは、どうしてもしなければならないことなのですか」
「どうしてもしなくちゃなんないねー」
「でも、それなら関平も」
「関平には、後で欲しい物を聞いてからだねー」
「父上達には」
「お年玉は、二十歳未満限定としている」
 ようやく星彩が黙り、も黙る。
 境内が近付くに連れ、人ごみも増えていく。
「……星彩、はぐれないようにね」
 の声に、星彩は恥ずかしそうに俯いた。
 ただ、繋がれた手に、きゅっと力が入ったのを感じる。
 温かく柔らかな手の感触に照れながら、は人込みの中をゆっくり進んだ。

「何故、俺達にはお年玉がない」
 帰り道、不貞腐れる馬超達には呆れたように冷たい視線を投げ掛けた。
「……お前、それが待っていろと言われて待ってられなかった奴の言うことか」
 星彩を連れて戻ったら、残っていたのは姜維一人だった。
 馬超がふらりと居なくなったのを、趙雲が連れ戻すと言ってその場を離れた為、姜維だけが取り残されていた次第である。
「まったくだ」
 趙雲が同調するが、の視線はやはり冷たい。
「馬超探しに行った割には、全然別の方向に向かったらしいじゃないか」
 姜維が首を竦めるが、趙雲も迂闊に姜維を睨め付けるような短慮な真似はしない。
 するとしたら、後でだろう。
「馬超殿、そも、お年玉と言うものは二十歳未満の者しかもらえないそうですよ。見苦しい真似はおやめ下さい」
 星彩が正論を携えて馬超を諌めてくれるが、それもには何だかなぁだ。
「……星彩。私が持とうか」
 気配を察した趙雲が申し出るも、星彩は頑なに固辞する。
「私が殿に買っていただいたものですから」
 姜維も未成年と言うことで、ご希望の破魔矢を買ってやった。
 星彩が望んだのは、姜維と同じ縁起物ではあったが、ちょっと質が異なっている。和風の店で見掛けるような、飾りの付いた熊手を欲しがったのだ。
 しかもその熊手は、担いで歩かねばならないような大きなものだった。
 長身ながら如何にも女性らしい体躯の星彩の肩に担がれていると、違和感がハンパない。
 最初の購入は小さなものからと教えてもらったが、星彩が頑として譲らなかったので致し方なく購入に踏み切ったのだった。
「……本当にそれで良かったの?」
「はい!」
 かつて見たこともない満面の笑みで、元気良く頷かれてしまう。
 ひょっとして、武器と勘違いしているのではないかという不安もあったが、口に出す勇気はない。
 星彩がいいなら良いかと思いつつ、複雑な心境に陥るだった。

  終

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