はココアをちびりちびりと啜っていた。
「何を飲んでいる?」
 追求じみた問い掛けは、馬超が発したものだ。
 最初はいちいちカチンと来たものだが、意図してのものではないと分かってからは、諦めた。
 意図していないのだとしたら、直しようがないからだ。
「ココア」
「……ここあ。甘い奴だな」
 当たり前のように手を伸ばしてくるのを避けて、自分のマグカップを死守する。
「やめてって。飲みたいなら、今作ってくるから」
「嫌だ、今飲みたい」
 まったくもって我慢がない。
 政務や軍務にはそれなり従順にしているようだったから、我慢がないと言うよりが舐められているのかも知れない。
 けれど、そんな風に察しているからこそ、馬超の言いなりにはなりたくなかった。
 馬超達蜀将を、宝くじで当てた泡銭でとはいえ面倒を見ているのはである。
 つまり、は馬超達の養い主なのだ。もう少し立場を弁えてくれてもいいと思うのは、決して甘えではないと思う。
「こーれーは、わーたーしーの!」
 幼子に言い聞かせるように語尾を伸ばして言ってみるが、馬超は馬耳東風を決め込んでいるらしい。
「作ると言うなら、お前がそれを飲めば良かろう」
 現代にあって、さらに大衆に埋もれる立場にあるの筋力と敏捷力では、馬超のそれらに対抗しようもない。
 それでも、気持ちの必死さには相当の開きがあった。
 馬超がカップの縁をはっしと掴み、取られまいとカップを握り込むの力が、一瞬均衡する。
 互いの視線が、ふっと絡んだ。
「………………」
「………………」
 絡んだ視線が外せない。
 距離は、至近と言って良かった。
 沈黙が落ちる。
「……何故、目を閉じない」
「閉じないよ!」
 躊躇うことなく言い返す。
 何を馬鹿なことをぬかしているのかと、腹立たしさから顔が赤くなった。
 だが、馬超には通用しない。
「閉じずにされるのが好みか」
 変わった女だな、と呆れたように呟かれ、の体から一瞬にして力が抜け落ちた。
 それが良くなかった。
 この期に及んで均衡を続けていた力の一方が、突然完全に消滅したのである。どうなるかは、自明の理というものだった。
 引き合っていたカップは跳ね上がり、挙句、勢い良く馬超の顔面に直撃した。
 間一髪、は身を引き難を逃れる。
 瞬発力は、そこそこ良かったものらしい。
「それ、あげるっ!」
 隙を突いた形で脱兎の如く逃げ出したは、そんな捨て台詞を吐いて逃げ出した。
 あげるも何も、顔面でココアを味わう羽目に陥った馬超は、しばし呆然とし、次いで周囲から定評のある着火の早さでへの復讐を誓った。
 いささか『趣味』に走り過ぎるきらいのある復讐方法は、果たされるまで誰に明かされることもなく、後に真相を知り得た馬岱を酷く悩ませるのだが、これは蛇足の話である。

  終

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