正月を迎え、呉将達はへべれけになるまで酒を呑み続けている。
 そんな地獄絵図に混じるつもりは更々なかったは、最初に樽酒人数分購入という暴挙にも似た思いやりを見せた後、多忙を理由に引っ込んでいた。
 周瑜などから言わせれば、その『無用の思いやり』のせいで地獄絵図が展開したということだったが、呑むも呑まぬもの預かり知らぬことである。
 酒があろうが呑みたくなければ呑まねばいいだけで、仮になければ強請られるに決まっているのだ。
 正月早々重い酒担いで移動するのも、手の付けられない酔っ払いを同行させるのも真っ平御免である。
 手が付けられぬと言うならお前も逃げろというの主張に、結局は周瑜筆頭とする一部の者は従うことにしたらしい。
 お年玉ということで、幾らかは握らせてある。
 外に出て暇を潰すくらいの金はある筈で、なくなったなら自業自得と諦めろと因果を含ませた。
 そんな訳で、現在家に残っているのは、の他は酔っ払いだけだった。

 廊下に出るだけで酒臭い。
 酔いが醒めたら、尻を叩いて大掃除のやり直しだなと考えていると、扉が開いている室がある。
 何とはなしにひょいと覗くと、そこに孫堅が寝ていた。
 座布団枕に、畳の上で気持ち良さそうに寝ている。
 緩く立てた膝から、ふくらはぎがちらりと覗いていた。
 ちなみに、孫堅は和服を着込んでいる。
 孫堅は、握らせた小遣いで何と着物一式を買いこんできたのだった。
 古着屋を見付けて、上手く値切ったらしく知識のないにもそれなり良い物に見えた。
 そこで着付けも教えてもらうだかしてもらう約束を取り付けたからしく、正月からこの恰好のままで居る。
 風呂に入ったりしている筈だから、脱ぐこともある筈なのだが、が見掛けるとこの着物で居るから着方を覚えているのかもしれない。
 いい加減汗臭くなりそうなものだが、大丈夫なのだろうか。
 何とはなしに気になって、足音を忍ばせて歩み寄る。
 寛げられた襟元から、鎖骨が覗いている。
 無防備な寝顔は虎を名乗る猛将のそれとは縁遠く、伏せた睫毛の長さに改めて気付かされた。
 もぞり、と足が動く。
 心臓が跳んだような気がしたが、孫堅はそれきりまた動かなくなった。
 緩く立てていた膝が更に曲げられ、はだけた裾が大きく割れている。
 思わず赤面していた。
 心臓がばくばく言っている。
 風呂上がりに腰にタオル一枚という格好でのこのこ歩いていた馬鹿者も居たが、その時にはこんな風にはならなかった。
 生足がのぞいているというだけで、何故にこんな風にうろたえてしまうのか。
 しかも男の、いい年した子持ちのおっさんの足である。
 けれども、武将として鍛えられた足は見事なまでに美しい曲線を描き、無駄な贅肉は欠片も残されていない。
 現代に飛ばされてそれなり経つ筈なのだが、孫堅の足には平和が紡ぐ怠惰の跡がまったく見られなかった。
 それだけに、絶妙な角度で晒される足の一部(ここ重要)が、の視線を捉えて離さない。
 着物のエロス、侮り難しである。
 どのくらいちらりとのぞく生足に見入っていたのか、には分からない。
 いきなり目の前の足が動き、膝を浮かせるより早く襟首を押さえこまれていた。
「……何をしている」
 眠りから覚めたばかりの割には、随分さっぱりとした顔付きの孫堅がを見ていた。
 さーっと血の気が引く。
「……いや……」
 上手い言い訳も見付からず、はしどろもどろに言葉にならない言葉を紡ぐ。
「俺の足が見たいなら、そう言えばいい」
 何してたか知ってんじゃねぇか、と思うも、とても正直に指摘できない。
 あれよあれよという間に、襟首を掴まれたまま引き摺られていた。
「ちょ、ちょっ!」
 さすがに抗議すると、孫堅が足を止める。
「……あぁ、これは、猫の持ち方だったな」
 猫の持ち方としても間違っているぞと抗議したかったが、やはり出来なかった。
 反論する前に、ひょいと持ち上げられ横抱きにされてしまったからだ。
 顔が近い。
 鼓動が早まるのを、他人事のように感じる。
「床入りは、こう、だな?」
 訊ねられても、はい左様ですとは言い難い。
 孫堅もの答えを待つつもりはなかったらしく、さっさと続きの間へと足を向けていた。
 きちんと整えられた布団の清潔さに、衝撃を覚える。
 目を閉じると、ふわりと落とされた。

  終

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