唇が触れる直前、張郃様の口が尖っていることに気が付いた。
「………………」
 無言で顔を上げると、寝ていた筈の張郃様の目が、ぱっちり開く。
「何をするんです」
 正確には、何もしていない。
 しようとする前に張郃様が起きてしまったのだから。
「そこまでしたのなら、最後までやり遂げるのが筋というものではありませんか」
「お言葉ですが、とんだ妄言に聞こえます」
 寝ている間に唇を奪うなんて、女としてはしたない行為だとは思う。
 それが許される間柄、では、一応あると思われるのだが、そうなってからの期間はあまりに短い。
 だから、寝込みを襲うなんていう行為は私にすれば相手の意識がないからぎりぎり出来ることで、それは卑怯だとは思うけれど、でも相手に意識があると分かった上で完遂するなんてことは、到底無理な事柄なのだ。
 張郃様からしたら、意識がある時にしてもらった方が嬉しいだろうことも(認め難いが)分からないでもない。
 でも、無理なものは無理だし。
 だったら、寝た振りしていてくれたらいいだけの話だった訳で、まぁそれをしないのが張郃様なのだが。
「しません。てか、出来ません」
 私がきっぱり断ると、張郃様はわざとらしく眉を寄せる。
 割と鈍感である方の私が、何故わざとか分かるかというと、張郃様の口元が堪え切れずに笑っているからだ。
 そういう点では、感情を露骨に表現してみせる張郃様と鈍感な私の相性は、悪い方ではないかもしれない。
 私が黙っていると、張郃様は肩をすくめて大きく溜息を吐いた。
「仕方ありませんねぇ。では、私か致しますから、目を閉じて下さい」
 その言い様に、何か無性に恥ずかしくなって、思わず赤面してしまう。
 と、張郃様が実に嬉しそうに笑った。
 からかわれたのだと分かり、腹立たしくなる。
 けれど、張郃様は笑ったままだった。
「……もう、何がそんなに嬉しいんですか」
 怒りのままに問い詰めると、張郃様は事も無げに答える。
「貴女と、こうしてやり取りしているのがとても嬉しいのです」
 あまりにあっさり、とんでもないことを言われて、私はもう何も言えなかった。
 だから、と張郃様は続けて言う。
「寝込みを襲うなどという、もったいないことはしないで欲しいものですね」
 呆れた。
 恥ずかしがりもせず、むしろどうだと言わんばかりの張郃様の態度に、私も堂々と呆れ返ってみせる。
 張郃様が笑う。
 私も、一緒になって笑った。
 そして二人同時に目を閉じて、唇を重ねる。
 愛しい時間だ。

  終

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