「痛ってぇ〜……」
 如何にも痛そうに頬をさする司馬昭殿に、私は惜しむことなく冷ややかな視線を注ぐ。
「悪ふざけが過ぎるからですよ」
 実は、さすっている手から垣間見える皮膚の赤さが尋常でなく、内心焦ってもいる。
 けれど、少しでも心配した素振りなど見せたら、またぞろ調子に乗るに決まっているのだ。
 それでまた、さっきのようにふざけられたら私の方が困る。
 ところがだ。
「別に、ふざけてるつもりはないんだけどなぁ」
 おっとりと、ふてくされた風でもなくぽつりと呟く司馬昭殿に、私の感情は逆撫でされる。
「ふざけてるのでなければ、何だというのですか。あんな……」
 続きを言うことは、出来なかった。
 司馬昭殿がにこにこして、それでいて視線だけはやたらと真剣に、私を見ていたからだ。
 何も言えなかった。
 目を逸らすのが、精一杯だった。
 逸らしても尚、見つめられていると分かる。
 今、もう一度目を合わせたらいったいどうなってしまうのか。
 絶対に知りたくないような、それでいて無性に知りたいような、私はそんな気持ちに駆られていた。
 ふ、と微かに空気が揺れた。
 同時に、突き刺さるような熱を帯びた視線も消え、私は逸らしていた視線をぱっと戻す。
「……ま、いっか」
 投げやりで軽薄な、いつもの司馬昭殿がそこに居た。
 ほっとした。
 そして、がっかりもした。
 司馬昭殿と付き合っていると、私はどうもおかしくなるようだ。
「びんた一発でイイ思いが出来るなら、美味しいと思っておこう!」
 馬鹿なことを言い出した司馬昭殿に、私の右手は素早く反応し、司馬昭殿は司馬昭殿で、私の反応を見越していたらしく素早く頭を抱えている。
 笑いながら駆け出す背中を見送りながら、私もゆっくりと歩きだす。
 ふと伸ばした指先に、熱い唇が触れる。
 先程、一瞬とはいえ司馬昭殿がここに触れた。
 胸の奥底から溢れ出す騒音を、私は首を振ることで振り払う。
 まだ、その騒音の答えを得たいとは思えなかった。

  終

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