陸遜始めとする呉将達がの世界に来てより、それなりの月日が経っていた。
 彼らの出現と同時に当たった宝くじは、きっと彼らの為に使えという神の啓示だったのだろう。
 それが証拠に、あれから買った宝くじがまた当たった。
 こんな強運、ある訳がない。
 呉将達の面倒をみる代わり、お前の口も養ってやろうと、神様が給料前払いしてくれているに違いないのだ。
 そんな次第で、は今日も呉将達の為に、せっせと働いている。

 は、陸遜が苦手だった。
 こう言っては何だが、まるで母親のようなのだ。
殿、少し片付けられては」
殿、布巾は小まめに変えなくてはいけません」
殿、夜更かしは体に毒です」
 何かにつけて注意され、その度にくどくどと説教される。
 平穏な世界に飛ばされて、まぁ暇なのだろう。他の呉将達は、それぞれ趣味を見い出して余暇に充てているが、陸遜の場合、への説教を趣味にしているような節があって、辟易する。
 言っていることは間違いではないから反論も出来ないし、説教されないように場所を移っても、行く先行く先、何故か陸遜が現れる。
 結局、説教は説教として甘んじて受ける姿勢を見せ、その実右から左に聞き流すのが一番効率がいいと分かった。
 まともに取るから馬鹿を見る。
 逃げても捕まるなら、最初から聞き流した方が陸遜の機嫌も幾らか良いように思えた。説教が終われば、他愛ない世間話に移ることもある。
 ただ、世間話が始まる前に新たなお小言の種を発見される確率の方が、かなり高くはあった。
 それでも、逃げた分だけ加算された説教を食らうより、ずっとましだ。
殿」
 洗い終わった皿を拭いていると、隣に陸遜が立つ。
「手伝います」
 別にいいよ、と、言っても聞かないだろうことを分かっていながら断りを入れる。
 案の定、陸遜は新しい布巾を手に、の隣に立った。
殿」
 何、と目を向ける。
 内心は、また説教かとうんざりしていた。
 けれども、聞く姿勢は見せておかないと、後に続く説教に不遜な態度分が加算されてしまう。
 いい加減、学習していた。
 それにしても、今日の説教のお題は何だろう。
 布巾なら、すぐに取り換えられるよう予備を出してあった(陸遜が手に取ったのがそれだ)し、水切りかごに皿を積み重ね過ぎているとも思えない。
 何をしたかと思い返している間に、陸遜が口を開いた。
「私の話、聞き流していらっしゃるでしょう」
 うん、とはさすがに言えない。
 言葉に詰まって無言になるに、陸遜は苦笑を漏らした。
「あまりにも見え透いています。ばれていないとでも、思っていたのですか?」
 やはり、うん、とは言い難い。
 これは逃げられない説教が始まってしまったと、冷や汗をかく。
 陸遜は、を横目で睨んでいたが、不意に吹き出した。
 ん? と首を傾げると、陸遜は口元を押さえ、軽く頭を下げる。
「すみません、笑ったりして。でも、あまりに露骨に顔に出されるものですから」
「……出てた?」
 複雑な心境になって、頬の辺りを摘まんだに、陸遜は馬鹿正直に『はい』と頷いて見せる。
 そしてまた、ひとしきり声もなく笑うと、小さく咳払いをする。
殿は、本当に顔に出やすい方ですね……まるで、子供のようです」
 そうかなあと頬を捻るに、陸遜は『はい』と素直に返した。
 だから、と続ける。
殿には、私が相応しいと思いますよ」
 沈黙が落ちる。
 何と言っていか分からないまま、は皿を拭くのを再開する。
 陸遜もまた、無言のままに皿を拭き始めた。
 一枚、二枚と拭いていき、拭き終わった皿は重ねられ、並べられていく。
「そうかなあ」
 ぽつり、と呟いたの言葉に、陸遜は、『はい』と答えた。

  終

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