凌統始めとする呉将達がの世界に来てより、それなりの月日が経っていた。
彼らの出現と同時に当たった宝くじは、きっと彼らの為に使えという神の啓示だったのだろう。
それが証拠に、あれから買った宝くじがまた当たった。
こんな強運、ある訳がない。
呉将達の面倒をみる代わり、お前の口も養ってやろうと、神様が給料前払いしてくれているに違いないのだ。
そんな次第で、は今日も呉将達の為に、せっせと働いている。
妙にそわそわしているに、凌統はかなり前から焦れている。
両想いだと分かったのが少し前、紆余曲折の上で皆に認められたのがその少し後、最近ようやく、二人で外出するのを許されていた。
いわゆる逢引という奴だ。
と言っても、他の将に遠慮して、あまり遠出は出来ずに居た。
思いやりから成るものでなく、二人で外出することをずるいとやっかむ将が居るからだ。
面倒事になるのが分かり切っているので、長くても三四時間といったところが関の山だった。
だからこそ集中して濃密な二人の時間を楽しみたいと思うのは、人情というものだろう。
凌統にとって、の気がそぞろであることが、手酷い裏切りのように思えてならない。
己の心が狭いと自覚はしても、なかなか自制し難いのは仕方がないとも言えた。
嫌になってしまったか、と邪推してしまう。
飽きてしまったのかと悲嘆する。
我ながら、どうしようもないとうんざりしていた。
「……帰るかい?」
ざわつく方寸を抑え込んで問い掛けると、は驚いたように凌統の顔を見上げた。
「え」
そんな、と顔に書いたような表情に、凌統の苛立ちは加速する。
「だってあんた、何か他に気になることがあるんだろ? だったら、帰った方がいいだろうっての」
「え、そんなの、ないよ……」
慌てるだったが、どこか未だ上の空だ。
ちらちらと、あちらこちらに視線を彷徨わせ、凌統と視線を合わせようとしない。
凌統は、深々と溜息を吐いた。
「……もう、いい。とりあえず帰ろう。俺だって、そんなそぞろなあんた連れ回すの、気が引けるしね」
「ち、違うって。そういうんじゃなくて、ホントに……」
じゃあ理由を言え、と追及しても、の口は重い。
まるで本当に、別れ話をしているようだ。
凌統は、腹の奥に冷たく凝る何かを感じ、不快感に眉を顰めた。
険しくなる凌統の表情に、の眦に滴が浮き上がる。
泣く程のことなのかと思うと、余計に苦しくなった。
「だって、凌統、私のこと軽蔑するかもしれないし……」
軽蔑という単語が、胸に刺さる。
やはり、想像通りだったのか。
もう、駄目になってしまうのか。
「……言ってくれなきゃ、分からないだろ」
良からぬ予感に怯えながら、凌統は、しかし強気な態度を崩せなかった。
聞きたくないと念じながら、言えと言ってしまう矛盾に吐き気すら覚える。
の眦から、涙が零れる。
もう、駄目なのか。
いつの間にか冷たい汗に塗れていた手を、凌統はぐっと握り込んだ。
「……あんた、ホントに面倒だな」
だって、とが眉を顰めるのを、口付けでいなす。
シャワーを浴びた肌は、それだけの理由でなく熱く火照っていた。
「だって、女からは言い難いって……こんなとこ行きたい、なんてさ」
あっさり言いそうに見えるのだが、そうでもないのか。
凌統は、口に出したら殴られそうなことを密かに考えていた。
が泣く程言うのを嫌がっていたラブホテルに、今はこうして二人で潜り込んでいる。
相思相愛になってから、凌統もいつかはと、などと考えてないでもなかったから、誘ってくれさえすれば否やはなかったのだ。
そも、凌統はこんな場所があることすら知らなかった。
家では、他の呉将の目があったから、こんな場所があると分かっていたら、凌統の方からを誘っていたと思う。
けれども、実際のところ凌統は知らなかった訳で、はあると知っていたからこそ悩み、悩み過ぎて呆けているように見え、喧嘩になってしまったのだから仕様もない。
とは言え、凌統も、分かってしまえば怒るどころの話ではない。どころか、普段はさばけたの妙に女らしい一面を見て、愛しささえ感じていた。
そもそも、人には言い難いことの一つや二つあるのが当たり前と弁えている。
故に凌統も、初めて目の当たりにするの肌に、眩暈を起こしそうな程興奮しているとは言えずに居た。
仕方なく、言葉の代わりに行動で示すことにする。
「あ」
無言で膝を割った凌統に、が小さな悲鳴を上げる。
真っ赤になった頬が可愛らしく、思わず口付けを落とした。
ここから先は、言うの言わないのの問題ではなくなる。
だから、これだけは先に言っておこうと、凌統はの耳元に囁いた。
「好きだ」
が震え、小さく、けれども何度も頷くのを見て、凌統は満ち足りての胸に顔を埋めた。
終