はここ最近、楽進に師事を受けている。
 特に望んでのことでなく、体術を得意とするの型が、楽進のそれに近いからというだけの話だ。
 異界よりの訪問者であり曹操の庇護下にある立場で、が戦場に出る可能性は限りなく低かったが、その特異性から身の危険を感じることもある。
 最低限の護身は賄えるようにという、これもある意味では特別扱いと言えよう。
 しかし、問題もあった。
「……楽進殿」
 ややうんざりした顔を見せるに、楽進が怯む。
 戦場での一番槍に固執し、その為ならばどのような立ち位置にも怯むことない将であるから、従事する兵士にはとても見せられない姿だった。
 けれども、怯ませているにしても、うんざりするに足る正当な理由がある。
「そんな離れて教えられても、イマイチ覚えられないんですけど」
 二人の間には、槍を横に寝かせても余りある距離がある。
 教授するに相応しいとは、到底言い難かった。
「い、いえ、しかし」
 楽進の額に汗が浮く。
 困惑を極める楽進に、は深々と溜息を吐いた。
「私を女と思わないでいただいて、結構ですから」
「いえ、そう仰られても……」
 得手とは言い難い女性を相手に、武術の指導をするのは楽進にすると少々辛い。
 汗の匂いに潜む甘やかさ、触れれば柔らかな肌に気後れせずにはおられないからだ。
「でも、戦場では女性相手でも容赦しないでしょう?」
「それは、そうですが……」
 楽進の口は重い。
 は、再び溜息を吐いた。
 護身術を覚えることは、にとっては数少ない、そして重要な仕事の一つだ。
 一人に兵を割く申し訳なさを、解消する為にはどうしてもこなしておきたい任務なのである。
「気にしないで、ばんばん触っちゃって下さい」
「ば、ばんばん、ですか」
 ばんばんです、とが言い、ばんばん、と楽進が繰り返す。
「で、では、失礼して……」
 楽進の手が伸びる。
「…………」
「…………」
 互いに無言だ。
「……………………」
「……………………」
 無言が続く。
「…………………………」
「……………………や、柔らかい……」
 楽進の呟きに、は深い深い溜息で返す。
 はっと顔を上げる楽進だったが、手の位置は変わらない。
「……え?」
「いやあの、え、じゃなくて、というか、そういう意味じゃ、ないです」
 楽進の手が、体ごと弾けるように飛び退る。
 は、揉まれていた胸の感触を散らすように、その辺りを軽く撫でさすった。
「あ、あの、し、失礼しました!!」
 土下座せんばかりの勢いで頭を下げる楽進に、はわずかに紅潮した頬を誤魔化すように眉間にシワを寄せる。
「……うん、あの、訓練上必要があるなら、どんどん触っていただいて結構ですが」
「いやっ、いやあの、も、申し訳ありません!!」
 対する楽進の顔は、隠しようがない程に朱に染まっている。
 頭を下げまくっている楽進が、指導に戻る様子はない。
 どうしたものか。
 の眉間に浮かぶシワは、その深さを増していく。
 悪い気はしなかったのだと教えたものかどうか、も密かに混乱していた。

  終

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