「声が大きい?」
 夏侯覇が問い返す。
 は顔を真っ赤にして、もじもじしながら頷いた。
 釣られて赤面した夏侯覇との間に、沈黙が満ちる。
 はしたないことを言ってしまっただろうか、と、の胸に不安の霧が立ち込め始めた。
 古参の家人から、口幅ったいことながらと注意されたのは、今朝のことだ。
――夏侯覇様の妻として、勤めに精を出すのはよろしかろうと存じますが、いささか無遠慮かと。
 一見丁寧な物言いは、しかし侮蔑を含んだ眼の色で打ち消される。
 嫁入りして日の浅いを、未だ認めていないと態度に出されるのはこれが初めてではない。
 仕方のないこととはいえ、夜の勤めに関してまで口を出されるとは思っていなかった。
 顔に出たものか、家人の目の辺りが引き攣れる。
――お控えになっては、と申し上げております。夏侯覇様がお召しになるのはともかく、せめて貴女様のお声だけでも。
 項垂れたの頭の上から、荒い鼻息が振り掛かる。
 情けない気持ちを押し殺し、一日を過ごすしかなかった。
 それこそ、夏侯覇が帰って牀に呼ばれるまで、はずっと涙を堪えていたのである。
 考えなしに勢いで訊いてしまった次第で、訊いてから後悔するのは世の常だろうか。
 黙り込む夏侯覇に、恥ずかしさが増していく。
「……あの、さ……」
 と、その夏侯覇が不意に口を開く。
 転げ落ちた言葉は、の予想を大きく裏切った。
「……俺も……声、大きいのかな……?」
 の目が丸く見開かれる。
 互いに見つめ合い、またも沈黙が落ちた。
 吹き出したのは、二人同時だ。
 静まり返った屋敷に響く笑い声に、警備の者共はぎょっとして辺りを見回した。
 けれど、二人はそんなことも知らぬ気に、視線を絡ませ口付けを交わす。
 明日にはまた嫌味を言われるやもしれないが、それはそれ、これはこれである。
 今この場には、二人の熱を邪魔する者はなかった。

 ちなみに、が恐れていた嫌味は遂に聞かれなかった。
 義父が手を回したのだということも、は生涯知りえぬままだった。

  終

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