典韋が大欠伸をして、首を回していた時だった。
 曹操の室を夜通し警備していた後で、これから一眠りしようと自室に向かっている時、に会った。
「典韋さんって、顔、綺麗ですよね」
 突然口を開いて出たのはそんな言葉だった。
 聞き慣れない言葉に手に力が入り、ごぎん、と鈍い音がして典韋はその場にうずくまった。
「な、何、大丈夫ですか!?」
 ちっとも大丈夫ではなかったが、とりあえず典韋は頷いた。変に捻った首の筋を抑え、揉み解すと多少は楽になる。
 やっと顔を上げると、が心配そうに覗き込んでいた。目に涙が浮いている。
「……なぁに、たいしたことじゃねぇ、そんなに心配すんなって!」
 笑って胸を叩いてみせる。鍛え上げられた筋がばぁん、と小気味いい音をたてた。
「体の頑丈さだけが自慢のわしだ、言われ慣れないコト言われて手がすべっちまったのよ。が気にすることじゃあねぇ、な?」
 そうなんですか、とようやくの口元に笑みが浮かぶ。
 その笑みを見て、典韋はほんわりと幸せな気持ちになった。
「でも、私は典韋さんの顔、綺麗だと思いますよ」
 ぶ―――っ!!
 今度は盛大に吹き出して咳き込む。
 が慌てて背を撫でるが、焼け石に水で典韋の咳き込みは止まらない。
 しばらく苦しんで、やっと落ち着いてもは懸命に典韋の背をさすっている。
 細い指の感触がくすぐったくて、典韋は赤面してを止めた。
「も、もう大丈夫だ、もういいって」
「……ごめんなさい」
 しょんぼりと肩を落とすを、庭に降りて木の根元に誘う。気落ちさせたまま別れたくなかった。
「しっかし、わしの顔が綺麗なんてぇ言い出す奴は初めてだぜ」
 変わっていると努めて明るくからかうと、は顔を赤くした。
「変わってなんかいません、私、ホントにそう思ったんですから」
「そうかそうか、そりゃ悪かったなぁ」
 本気にしない典韋に腹を立てたのか、はずずいと顔を寄せてきた。
「人間の顔って、心が表れるものなんです。だから、典韋さんの顔はとっても綺麗です。私が保証します」
 力強く繰り返されると恥ずかしくなってくる。
 圧倒されて、つい頷くと、満足したように笑った。
 その顔が、眩い。
「……わしは、おめぇの方が綺麗だと思うけどよ」
「そんなことないですよ」
 典韋決死の告白も、にあっさりと投げられてしまった。
 苦笑いして頭を掻く典韋を、は不思議そうに見詰めた。

 今日は典韋と話ができた。背中をさすっただけだが体にも触れてしまったし、間近で笑顔も見てしまった。『綺麗』なんて言われて……。
 の顔が今更真っ赤に染まる。お互いに気持ちが届くのは、まだまだ先になりそうだ。

  終

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