「声が大きいって?」
 どこか面白がっている風な郭嘉に、はむっと眉根を寄せた。
 意味もなく窓枠に身を預けていた郭嘉は、優雅な身のこなしでの傍らに立つ。
「……それで?」
 ああ、わざと煽っているのだろうなと分かっていた。
 分かっていながら、ついつい郭嘉の思惑に乗ってしまう。
「それでって?」
 郭嘉が大袈裟に首をすくめるのを、は眉間の皺を深くすることで応じた。
「……それで、私のは、私に何を求めているのかな?」
 そう言われると、困る。
 さり気なく注意をされたので、当事者の一方たる郭嘉に報告したまでだ。
「では、改善の必要はなさそうだね」
「何でそうなるかな」
 注意をされたと言っている。即ち忠告だ。
 対応しなくてどうするのか。
「すべての忠告に、いちいち対応していたら身が持たないよ」
――もっとも、あなたの身はもっと別のことで持たなくしたいものだけど。
 くだらないことを言う。
 の眉尻が跳ね上がった。
 郭嘉は、遂に吹き出した。
 くつくつ笑われ、腹立たしさから顔を赤くするが、その紅潮は郭嘉が不意に見せた真顔で掻き消される。
「本音を言えば、そんな忠告は糞くらえ、だよ」
 郭嘉らしからぬ口汚い言葉に、は背中にひやりとしたものを感じる。
 硬直するの体を、異様に熱い郭嘉の腕が戒めた。
「私はね」
 耳元に吹き込むような熱い吐息が、の神経を掻き乱す。
「全然足りてない……もっともっと、それこそ本当に骨の髄まで、あなたを感じていたいんだ。それを、控えろだって?」
――冗談じゃない。
 殺気すら感じる声音に、は呆然とした。
 ここまで我を剥き出しにする郭嘉は見たことがない。
 怯えた視線に気づいたか、郭嘉は強張った表情を緩めた。
 いつもの郭嘉に戻ったことに、安堵すると同時に不安になる。
 郭嘉が抱えるどす黒いものの片鱗に、は今夜初めて触れた。
 もう逃れ得ないだろう。
 そう覚った。
「……今夜はたっぷり、お仕置きをしよう……ね」
 常の軽口が、軽口に聞こえない。
 怖い。
 何をされるか、解らない。
 けれども、体の芯が暗い喜びに震えていることを、は否定できずにいた。

  終

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