関平は、同僚のと共に書庫に篭っていた。
 待ち合わせたわけではなく、偶々一緒になっただけだ。積み重ねられた書簡の法則を読み取れずに四苦八苦する関平を見かねて、先に目当ての書簡を取り出し終わったが手伝っていた。
「関平殿ってさ、顔、可愛いよね」
 突然口を開いて出たのはそんな言葉だった。
 関平がぎょっとして顔を上げると、は最後の書簡を手に掲げ、軽く振っていた。
「あ、あったのですか」
 やっと揃え終えると思っていたのに、最後の書簡だけが見つからなくて時間を浪費していたのだ。
 手を差し出すと、ひょいっと下げられてしまった。
「可愛いよね」
「……はぁ、それは、どうも」
 の意図がわからなくて、関平は困惑した。早く書簡を持ち帰らねば、関羽に雷を落とされてしまう。仕事には特に厳しい父なのだ。
「こんなに可愛いから、きっと関羽様も関平殿が可愛くて仕方ないと思うの」
「……はぁ、いや、それは」
「いや、絶対に可愛いと思ってると思うの」
 ねっ、と押し込まれ、釣られて頷いた。
 何なのだろう。
 関平は、心臓がどきどきし始めたのを感じた。
 人気のない書庫だ。そこに二人きり、向かい合わせている。
 冷たい空気の中、間近にあるの熱が感じられるような錯覚を覚えた。
「……だから、コレは私に貸しておいて」
 唇にの指が触れ、関平が動揺している隙には書簡を抱えてぱっと駆け出していた。まるで疾風のような逃げ足の速さだった。
 一人取り残された関平は、ただ呆然とを見送るしかなかった。

 自分が使う予定の書簡を、まさか関羽も使おうとしているとは思わなかった。譲ろうかとも思ったが、何時返してもらえるかもわからない。催促するのもはばかられる相手なので、は非常手段に訴えたのだった。
 後で慰めてあげるからね、と大してその気もないのに嘯くの言葉を聞いていたら、温厚な関平でも怒り出すかもしれない。

  終

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