夜更けに来て、一段と寒さが厳しくなったような気がする。
 雪でも降っているのではないかと窓の方を見遣ると、姜維に集中していないと怒られた。
「伯約ってさ、顔、綺麗だよね」
 突然口を開いて出たのはそんな言葉だった。
 姜維はびっくりして言葉もない。
 次いで、顔を赤らめて誤魔化すように乱暴に竹簡を広げた。
 じゃかっ、といういい音がする。
「……やる気がないなら、もうお開きにしてしまいますよ」
 のたっての希望で勉強会が行われていた。指南役は姜維だ。
 と言って、別に姜維も暇なわけではない。あくまで好意での為に時間を割いていたから、がやる気がないならお終いにしてしまっても構わないのだ。
 は慌てて筆を取り、書き取りを再開させた。
 わからない言葉にぶつかると、姜維に質問してくる。その解説をする以外は自分の執務をしているのだが、途切れ途切れになる為どうしても効率が悪くなる。
 姜維でなければ、なかなか付き合いきれないだろう。が一生懸命なのはわかるが、基本的な知識が欠落しているから、何でこんなことを知らないのだと思ってしまう。
 違う国から来たのだから仕方ないのだが、それでもイラついてしまうのは知る者の傲慢故かもしれない。
 少し、違うかもしれない。
 姜維はの顔を見て、ふと考え込んでしまった。
 この勉強会が必要ないほど知識を得てしまったら、殿には自分は必要なくなるのだ。
 そう考えた瞬間、じわっと熱いものが込み上げた。
 その日がそう遠くない日訪れることに恐怖し、同時にそんなことを考える自分が情けなくなった。
 いいことではないか、と姜維は自分を律した。
 が才能を開花させ、蜀の為に尽力すれば蜀は更に強い国になるだろう。
 自分の手元に閉じ込める等、愚行も甚だしい。
「伯約」
 姜維が我に返ると、が心配そうに見詰めていた。
「大丈夫? 疲れてるなら、今日はもう止めようか」
 慌てて言い訳をして、作業を再開させる。
 執務を始めた姜維を、しかしはじっと見詰めていた。
 不意に身を乗り出し、唇を重ねる。
 え、と思うのは一瞬で、その柔らかさ、暖かさにじんと心地よい悦を覚え、酔った。
 唇が離れると、も少し頬を赤らめて笑っていた。
 も同じように心地よいのだろうか、と思うと不思議な気がする。
「……元気、出た?」
 そんな問いかけが無邪気で微笑ましく思え、姜維も頬を染めながら頷いた。
 今度は姜維から口付けた。

 朝、が目を覚ますと隣に姜維が眠っていた。
 違う勉強会になってしまったと、は深く反省した。

  終

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