神々しくも麗しい。
 張角の姿を見上げながら、はうっとりと頬を染める。
 蒼天、すでに死す。
 熱く弁を奮う張角は、興奮からか赤く染まっていた。
「張角様のお顔、なんて綺麗なんでしょう」
 突然口を開いて出たのはそんな言葉だった。
 耳敏い信者が、ざっとを取り囲む。
「何と不信心な!」
「張角様を、色の対象として見るなど以ての外!」
 ざわめきだした場を、張角は一瞬にして制した。
 ははーっと頭を下げ張角を敬い奉る信者の中から、幹部信者の手によりは連れ出され、その場はあっという間に何もなかったように収まった。

 脅え竦むは、真っ白な衣を身に着けられ室に閉じ込められていた。
 牢屋ではなく、広い室の中に放り出されたは、落ち着けるはずもなくうろうろと室内をうろつきまわっていた。
 突然扉が開き、現れたのは何と張角だった。
 慌てて跪くに、張角は厳しい目を向けた。
「汝には、鬼が取りついておる!」
 えっと恐怖の声を挙げ、震えるを張角は手で制した。
「恐れることはない、我がそなたの身の内から鬼を追い出してやろう」
「ほ、本当ですか」
 うむ、と鷹揚に頷く張角に、は歓喜の涙を流した。

 その日以来、は張角付きの世話役として張角に付き従うようになった。
 鬼に取りつかれやすいを案じた張角が、を手元に置き守っているという名目ではあったが、実際はの容貌を気に入った張角がを手篭めにしたのである。
 寝床を整えたが、すすっと張角に歩み寄る。
 その顔は真剣そのものだ。
「張角様、実は、私の中にまた鬼が住みついたようなのでございます」
「何、またか」
 申し訳なさそうに項垂れるに、張角は慈愛の微笑を浮かべた。
「案ずることはない、そなたの鬼はこの張角が打ち滅ぼしてくれようぞ」
「まあ、何とお優しいお言葉……ですが、私の鬼めは手強くなる一方。張角様の身が案じられて仕方ありません」
 張角の手に頬を摺り寄せ、涙を浮かべるの髪を優しく撫でる。
「そなたは我が愛する大切な同志。全力を賭そうぞ」
 張角はの手を取り、牀へと導いた。

「あ、張角様、そこ、そこに鬼が!」
「む、ここか……えぇい、えぇい、これでどうじゃこの鬼め!」
「ああ、張角様、鬼が弱ってきたようにございます……!」
「むぅん、まだまだ! 鬼めは弱った振りをしているだけじゃ、これからが勝負と知れぃ!」

 お互い、もちろん本当はわかってはいる。
 わかっていても敢えて口に出さないのがお約束と言うものではないかと、は思うのだった。

  終

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