左慈は仙人である。
 時の概念は既に彼の中では無意味である。
 そうわかっていながらも、はいつも考えていた。
「左慈様、お綺麗です」
 突然口を開いて出たのはそんな言葉だった。
 いつも虚空を仰ぎ見ている左慈にしては珍しく、ふっとを振り返った。
「一体、どんなつもりでその言葉を口にしたのかね」
 左慈曰く、言葉は力であり無闇に言い表していいものではない。口にする時は最大限の注意を払わねばならず、それを怠る者を傍に置く訳にはいかないというのが左慈の持論だった。
「いいえ、私にもわかりかねます」
 思い悩むことなくは返答した。
 問われて思い悩むのは己を装飾する為の罪業であり、よってそれを為す者を傍に置く訳にはいかないというのも左慈の持論だった。
「そうか、わからぬか」
「……はい」
 どちらにせよは迂闊だった。
 これきりになるのなら、せめてその姿を目に焼き留めておこうと思った。
 普遍たる存在はなく時は忘却の希望を忘れぬ慈悲深い存在だと教えられていたが、それならば尚更、左慈と言う存在を何かに刻み付けておかなければと希った。
 しばらく黙りこくっていた左慈は、視線を再び虚空に向けた。
「何の思惑もなく紡がれる言葉、それはその者の方寸の色」
「はい」
 左慈の言葉を胸に刻み、は力強く頷いた。

 沈黙が落ち、二人は風に吹かれるがままそこに居た。
 はまだ、左慈の傍に居ても良いらしい。

  終

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