いい加減に慣れてもいい頃なのだが、龐徳は未だに魏に馴染んでいないようだった。
 それについては、に一つ心当たりがあったのだ。

「龐徳様、お顔、整ってらっしゃいますよね」
 突然口を開いて出たのはそんな言葉だった。
 言われた龐徳は、憮然としてを振り返る。
 元々饒舌でもないし、人と賑々しくおしゃべりをするようにも見えない。
 見えないが、だからと言って軍に馴染まぬでは困るのだ。戦は一人でやるものでなし、大勢の兵士や軍を束ねる将軍達が力を合わせて初めて成果が出せるというものだ。
 嫌な話ではあるが、成果が出ないという可能性もないわけではない。
 だからこそ互いに協力し合い、負け戦の後の泥試合などと言う不名誉だけは避けたいとは思っている。
 つまり何と言うか、だ。
「……ですから、兜をお脱ぎいただけませんか?」
「……それがし、兜を脱ぐは床に着く時と戦に負け屍を晒す時のみと決めておる」
 そう来たか、とは頭を抱えた。
 曹操の軍門に下った龐徳の軍を編成する際、あちらこちらの軍からめぼしい者がかき集められた。
 もまた夏侯惇の軍から龐徳の軍に移動となったのだが、その時夏侯惇から『龐徳を早く曹操軍に馴染ませるように』と厳命されてきているのである。
 命じられた以上はその命を果たさねば、と思うのがの考え方である。龐徳を馴染ませようとあちらこちらに繋ぎをつけたり挨拶回りをしたりしているものの、どうも効果は今一つだ。
 原因は、その厳しい武装にあるらしい。
 せめても兜を脱がないかと、考え抜いた挙句にようやく思いついたのがこの手だったのだ。
 寝る時と死ぬ時だけ、と言われてしまっては、何とも説得し難い。
 脱がせたい理由が己の任務遂行の為とあっては後ろめたくもあり、それ以上は強く言えなかった。
「……それでしたら、ご無理にとは申し上げません。出過ぎたことを申し上げました、どうぞお許し下さい」
 頭を下げ退室しようとするに、龐徳の目がわずかに揺れた。
殿……
 呼び止められて振り向けば、龐徳はうろたえたように視線を落とした。
 何事かあらんと龐徳の元に戻れば、龐徳も意を決したようにに向き直る。
「……何故、それがしに兜を脱げ、と……?」
 それは、と思わず口篭るの頬が、鮮やかに染まった。後ろめたさを見破られてしまったかと思ったのだ。
 を見下ろしていた龐徳は、おもむろに兜を脱いだ。
 兜を小脇に抱えると、の顎を取り唇を塞ぐ。
 流れるような一連の仕草に、は言葉もない。
「もう一つ、兜を脱ぐ時がござった」
 は、聞いていいものか如何か一瞬躊躇った。
 結局、好奇心が勝った。は龐徳を促した。
「妻の……愛しき女の前では、兜を脱ぎ申す」
 そう。
 頷く前に龐徳の口付けが落ちてくる。
 は、両の手を龐徳の背に回した。
 冷たい金属の感触に、だったらこの鎧も脱いでくれなきゃ嘘だな、と思った。

 行列におとなしく並びながらも、時が経てば必ず返してやると言っていたのに、と夏侯惇は曹操に噛み付いている。
 耳にタコができそうな飽くなき夏侯惇の愚痴に呆れつつ、曹操は優秀な部下から龐徳の嫁へと『出世』した、の花嫁姿を見送った。

  終

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