この男の美醜を褒めることほど、詰まらないことはない。
 常々はそう思ってきた。
 しかし。
「張コウ殿って、顔、綺麗ですよね」
 突然口を開いて出たのはそんな言葉だった。
 寝惚けていたのもあったろうし、自分と共に徹夜したとは思えない程やたらと元気な張コウに、何か言ってやらねば気がすまないと思ったのもあったろう。
 色々な感情がもやもやと入り混じって、最も愚かしい台詞を吐き出させてしまったのだろう。
 夏侯淵将軍がこの男にとっ捕まり、言わせられた言葉だ。
 あの時、この男は、天に向けて高らかに宣言した。
『当ー然でしょうっ!!』
 言え言えと散々強請られた挙句に返ってきた言葉がこれでは、さすがの夏侯淵もさぞ体力を削られたことだろう。
 ああ、イヤだ、言うぞ言うぞと身構えていたは、張コウがぽかんとした顔でを見詰めているのに気がついた。
「……え」
 が不思議そうに張コウの目を見た瞬間だった。
 かぁっと音を立てて、張コウの顔が綺麗な赤一色に染まった。
 あまりの出来事にが仰天して声を失っていると、張コウは恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
「突然何と言うことを言うのですか、驚いたではありませんか!」
 それはこちらの台詞だ。
 普段から美しいの大連呼をしている奴が、何で綺麗の一言でここまで動揺できるのかがわからない。
「……あのですねぇ、
 呆れたように張コウはの顔を覗き込んだ。
 未だ両手で頬を包んでいるが、赤みはだいぶ引いている。近くで見れば、本人が自慢するのも何となくわかる整った顔立ちだ。敢えて認めたくはないが。
「言わせて言ってもらうのと、突然言われるのとでは全然違うでしょう。まして、貴女は私が想いを寄せている人なのですから」
 は。
 一瞬の空白の後、今度はの顔が赤く染まる。
 張コウの高らかな笑い声が響いた。
「ばっ、ば、馬鹿にして!」
 古参ではないものの、も張コウと身分を同じくする将軍職に在る。こんな扱いを受ける云われはまったくない。
 しかし、張コウは平気な顔だ。
「最初に始めたのは、貴女の方ではありませんか」
「だ、だからって、ねぇ!」
「それに、馬鹿になどしておりませんよ。私の申し上げた言葉は、まったくの真実ですから」
 さらり、ととんでもないことを口にした張コウに、はあんぐりと口を開けた。
 呆れて物が言えない。馬鹿にしていないと言うのなら、からかっているのだ。
 怒気も露に張コウに背を向けるを、張コウはにこやかな笑みを浮かべて軽やかに追いかけた。
「信じてくれないのですか?」
「信じられません、んな言葉っ!」
「では、仕方ありませんね。私が私の方寸の中で、貴女をどのようにして追い詰めているか、お話して差し上げましょう!」
 の高らかな悲鳴が響いた。

 徹夜明けの疲労困憊の体で激しい運動に付き合わされ、は涙を浮かべて張コウを詰った。
 が、張コウの方は言葉でわかってもらえないのなら行動で示すしかないのだ、と平気な顔をしていた。

  終

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