父の死を目の当たりにした凌統は、一人宿舎に居るはずだった。
慰めようと思ったわけではない。
ただ、自分が苦しくて辛かったから、凌統の元に向かってしまっただけだとは思った。
何も出来なかったのは自分も同じだ。凌操の配下として、何故あの伏兵に気付けなかったろう。何故あの男は危険だと瞬時に察して、凌操の壁に立てなかっただろう。
その場の統率をしていたのが凌操であったからとか、こちらの油断を絶妙の契機で突かれたとか、少数とはいえ妙に統率が取れていたとか。
慰めと反省の言葉は星のように与えられたが、どれもの心を慰めはしなかった。
死んでしまえば良かった。
そう思っていた。
凌操を切り倒した男の前に立ち、怒りのままに剣を振るった。数度切り結んだ後、足元が疎かになっていたは何でもない窪みに足を取られて転倒した。
あの時、死んでしまえば良かったのだ。
振り下ろされるべき刃はの首筋にひたと押し当てられたまま、肉を切り裂くことはなかった。
――いい女だな。
にやりと笑った男の、えげつない笑みが、声が、の中に残っている。
――勃っちまった。
大地に伏したは、大きくまくれ上がった裾から白い腿を露出させていた。
男は足での裾を蹴り上げ、更に露出させて嘲り笑った。
――俺のとこに来いよ。いい思いさせてやるぜ。
薙いだ剣は男の刃を弾くことすらせず、男は笑いながら撤退していった。
体中に鳥肌が立つ。目で犯されたような気がした。
救いが欲しかったわけではない。
凌統の復讐の念でこの身を焼き尽くして欲しかった。必ず奴を殺す、と、その一言であの男の声を打ち消して欲しかった。
でなければ、何故父を助けられなかった、一緒に死ななかったと責めて欲しかった。
全部、自分の為だ。
そうしてくれれば、楽だと思った。
凌統の室に赴くと、彼の気持ちを慮ったのかそこには誰も居なかった。
静寂が彼を包み、慰めているかのようだった。
そこで初めては自分の身勝手を恥じた。
言葉もなく項垂れ、無言のまま頭を下げて退室しようと踵を返した。
できなかった。
何時の間にか凌統はの側に来ていて、の手首の辺りを戒めていた。
驚く間もない。
は凌統に引き摺り戻され、室の中央に倒れ伏した。
見上げる凌統の顔は闇に沈んで見えない。
これは、あの時と同じだ。
あの男の前に倒れ伏した時と同じだ。
凌統は何も語らない。静寂故に記憶の中の声がはっきりと闇に響き渡る。
――いい女だな。
――勃っちまった。
――いい思いさせてやるぜ。
ぞっとした。
鳥肌が立った。
恐怖から失禁していた。
「いやあっ!!」
凌統は裾を踏みつけ、逃れようとするの体を戒めた。
闇の中に荒い息が響く。
凌統の顔は闇に沈んで見えない。
足の間に肉の槍を埋め込まれ、中からずたずたに引き裂かれていく。
快楽はないはずなのに、腰を揺すぶられるたびに濡れた音が響き渡る。
あの男に犯されているようだ。
あの男に犯されている。
あの男に。
「……うっ……」
体の中に熱いものが迸り、は意識を手放した。
目覚めた時、は牀に横たわっていた。燭台の灯りがゆらりと揺れていた。
服は着ていなかったが、体は清められているようだ。
「気が付いたかい」
凌統は沈痛な面持ちでを見下ろした。
「……すまない、俺は……」
「私の方こそ、申し訳ありません」
凌統の言葉を遮り、は泣きながら微笑んだ。
「お父上をお救いすることができませんでした。その上、あの男にこの身を……」
如何にも悔しげなの様子に凌統は凍りつく。
「こうして穢されたからには、この場で命を絶つが女子の筋道。けれど公績様、どうぞ今しばらくお待ち下さいませ。あの男の首級を挙げるその日まで、そうすれば必ず、必ずこの命絶ってご覧に入れます」
「ま……待てよ、待ってくれ、何を言ってるんだ! お前を穢したのは、俺だろう!?」
の目が丸く見開かれる。
次いで花が開くような艶やかな笑みを見せた。
「公績様がそのようなことをなさるはずがありません。もしや私をお気遣いなら、そんな必要はございません」
どうか、お父君の仇敵を屠ることをのみお考え下さいませね。
凛とした眼差しで、は凌統を見上げる。
凌統は、得体の知れない恐怖に怯え、その場に立ち竦んだ。
彼を気遣ったわけではない、ただ私は、楽になりたかっただけ。
彼が悔恨しようと、凌操様の死に責任がある私が、彼に抱かれるわけにはいかない。それは私の矜持に関わる。
すべてはあの男のせいで、彼は私の尊い主でなければならない。
ただ、私は楽になりたかっただけ。
終