恐怖を人の形に直したら、こうなるのだろう。
 遠呂智の前に引き摺り出され、の肌は一瞬で凍えた。
 ただ居ると言うだけで全身が殺気じみた存在感に気圧され、くまなく鳥肌を立てた。
 戦場で見かけた時の、あの鎧は身にまとってはいない。全裸だ。
 だと言うのに、遠呂智の肌はまるで頑丈に鍛え上げられた真金のように鈍く照り輝いている。
 兵士達は、薄ら笑いを浮かべて下がっていった。
 広間に二人きり、遠呂智を人と言っていいかは大いに疑問だが、とにかく取り残された。
「強者のみが我を昂ぶらせる」
 静かな声は、波紋を生むように広間に広がった。
「弱者に生きる価値はなし」
 殺される。
 無残に弄られ醜態を晒すぐらいなら、舌を噛んで死んだ方が格段マシだった。
 しかし、の口には轡がはめられ、それを為すことも叶わない。腕は後ろ手に縛り上げられ、拳を握るのが精一杯だった。
 あの方の傍で戦場を駆けられただけ、私の生は幸福だった。
 じんわりと冷たい汗が滲むのを、胸の内で叱咤した。
 願いは、あの方を守り戦場で果てることだったけれど。幸福の証はこの胸に息づいている。悔いのない人生だった。
 は、不自由な体を制して座り直した。
 あの方の為にも、死に際に醜態は晒すまいと決意したのだ。
 玉座に腰掛けていた遠呂智が近付いてくる。
「!」
 薄暗い広間で、距離も離れていたからすぐには分からなかった。
 遠呂智の股間には、隆々と猛るものがある。
 笑い出したくなるような、歪で醜悪で巨大なそれに、は遠呂智の為そうとしていることを察した。
 理解できなかった。
 董卓であればまだしも、この遠呂智に。
 人外の化け物に。
 辺りに微かな臭気が漂う。
 恐怖から、は失禁していた。
 遠呂智は構わず、の服を引き裂いた。鎧は取り上げられ、まとっていた一枚限りの薄布は、遠呂智の爪で容易くぼろ布と化した。
「お前の戦う様を見た」
 遠呂智の爪は、があれほど暴れてもびくともしなかった荒縄をも容易く千切った。
「強者には程遠い、だが」
 引き摺られ、抵抗してもまったく意味を成さなかった。
「戯れの相手としてならば」
 玉座に押し付けられ、逃れようと体を起こした瞬間、遠呂智の昂ぶりがの口に突き込まれる。
 巨大さ故に納まらないそれを、力尽くでねじ込まれ、は声にならない悲鳴を上げた。

 渋い顔をして扉の前にたたずむ慶次の顔は、の悲鳴が木霊する様に不快を感じていることを露にしていた。
 いつの間にかすぐ傍まで来ていた妲己が、媚び媚びしい笑顔を浮かべて慶次を覗き込む。
「入りたいなら、入っちゃえばいいのに」
「……そんな真似ができるもんかよ」
 善悪の見境ない妲己の言葉に、慶次は苦笑いを浮かべた。
「いいじゃない、遠呂智様だって怒ったりしないと思うけど。たまには違う楽しみ方しても、いいんじゃない?」
 くすくすと笑う妲己に、その真意を見出すことはできない。
「お前さんは、可哀想とか、そういうことは考えないのかい」
「カワイソウ?」
 一瞬きょとんとした妲己は、次いで腹を抱えて爆笑した。
「カワイソウ? あれが? ちゃんと聞いてよ、あれが、カワイソウに聞こえるの?」
 扉の向こうから聞こえていた悲鳴は、それが嘘だったかのように卑猥な嬌声に変わっている。
 恥も外聞もなく喚き散らされるその声は、どれほどふしだらな女かと、ぎょっとするようなものだった。
「遠呂智様に抱かれた女は、みーんなこう。イき過ぎてイき過ぎて、仕舞には狂っちゃうんだもの、ホーント使えなーい」
 せめて遠呂智様の退屈しのぎの役にぐらい、立ったらいいのに。
 肩をすくめた妲己は、もう興味はないと言わんばかりに廊下の向こうに去っていってしまった。
 取り残された慶次は、再び扉へ目を向ける。
「……どうしたらいい、どうしたらアンタを救える」
 自覚なしに呟いた言葉に、慶次ははっとした。
 己でさえを気にしていない。気に掛かるのは、遠呂智の持つ果てしない虚無を如何にして救うかということだけだった。
 このままじゃ、いけねぇ。
 慶次は扉を睨め付けた。扉を通し、その向こうにいるはずの遠呂智を、を弄んで一時しのぎに飢えを満たしているだろう男を見据えた。
 その慶次の視線に、遠呂智がにやりと微笑み返してきたような気がした。

  終

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