の務めは、張コウの美容マッサージだった。
 趣味の領域を出ないとは言うものの、その手の教室に通ったこともあるは、そこの講師から筋がいいから本気で目指してみないかと褒められたこともあるのだ。
 友達に太鼓判を押されていたから、それなりに自信もある。
 何の因果か現代日本からこの魏に飛ばされ、張コウに拾ってもらった恩をは忘れていない。
 美しさに異様に執念を燃やす張コウに恩返しするには、この特技を遺憾なく発揮するより手はないとまで思い詰め、今に至る。
 それが、突然『もういい』と言い渡されてしまった。
 最初は聞き取れなくて、何の気なしに聞き流した。マッサージ中に張コウがおかしな声や一人言を呟くのはいつものことだったからだ。
 張コウはマッサージを続けるの手を取って、そっと手のひらで包み込んでしまった。
、聞こえませんでしたか。もう結構です」
「え、でも、あの」
 まだ途中ですと恐々と申し述べると、張コウは困ったように首を振った。
「いいえ、もういいのです」
 体調が悪いわけでも気分が悪いわけでもないと言われ、は俯いた。
「……あの、ではまた明日……」
「いえ、明日以降ももう結構です」
 目の辺りが熱くなった。
 何か粗相をしてしまったのだと気が付いたのだ。
 頭を下げ、室を辞そうとすると、後ろからひょいと手首を掴まれた。
「勘違いしてますね?」
「か、勘違い、ですか?」
 しかし、何か不始末があったと言う以外、何も思い当たるものがない。
 粗相がなかったと言うなら、何故張コウは自分の務めを取り上げる真似をするのか分からなかった。
 張コウは、しばらくの間の目を覗き込むようにしていたが、がただうろたえているのを見て微かに笑った。
「本当に、貴女という人は失礼ですねぇ」
「え」
 では、やはり何か粗相をしたということではないか。
 何をしてしまったろうと考え込むの手を、張コウは強く引き寄せた。
 すっぽりと張コウの腕の中に収められてしまったは、腿の辺りに何か異物が当たるのに気が付いた。
「ね」
 笑いかけられても、何が『ね』なのか分からない。
 困惑するに、張コウは本当に鈍いですねとくすくす笑い出した。
「……あのですね。私は男なんですよ。それだのに貴女と来たら、『美容まっさーじ』とか仰って、私の足の際まで触りまくるのですから」
 困ってしまうでしょう、のくだりで、ようやく異物の正体に気が付いた。
 あわあわとうろたえるを、張コウは更に強い力で抱きかかえる。
「駄目です、責任を取ってもらいますよ」
「せ、責任?」
「貴女は、私の美容を守る務めがあるでしょう?」
 何を言い出すのやら分からず、首を傾げるに、張コウは額をこつんと押し当てた。
「我慢は、美容の敵なのですよ」
 体がふわりと浮き上がり、視界が一転する。
 先程まで張コウが寝そべっていた寝台に押し付けられて、はそこに染み付いた張コウの香りを嗅ぎ取っていた。
「今日から、違うまっさーじをしていただきましょう」
「あの、でも、これじゃ」
 マッサージされるのは自分ではないだろうか。
 思わず素ボケた質問をしてしまい、張コウに大いに笑われた。

  終

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