「孟起と別れようと思うの」
 唐突なの言葉に、馬岱は黙したまま首を傾げて繰り返すように促した。
「だからね、孟起と別れようと思うの。私と付き合ってから、孟起は甘くなった、前はあんなじゃなかったって兵士の人達がぶつぶつ言ってるの聞いちゃったの。だからね、私、身を引こうと思うの」
 一部兵士から馬超に対しての苦情が出ているのは馬岱も知っている。
 は自分が異界の者だということを酷く気にしていたから、それでそんな風に考えてしまうのかもしれない。
「ははぁ、しかし、従兄上が納得して下さるかどうか」
「そうなの。だから、馬岱さん知恵貸して下さい」
 は、自分が馬超にベタ惚れなのを自覚している。とても自分から別れを切り出せはしないし、馬超も理由がなければ納得できないだろう。
「……そうですね……ないわけじゃないんですが……しかし、殿には別れを切り出すよりお辛いかもしれませんよ」
 気の毒そうにを見下ろす馬岱に、は土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。

 馬超が馬岱の元を訪れたのは数週間後の話だ。
 相談があると改まって言われたもので、馬岱も人払いして従兄を迎えた。
「実はな……のことなのだが」
 言い出しにくそうに口を噤む馬超に、馬岱は『隠し事など水臭い』『私と従兄上の仲ではありませんか』等と盛大に励ましの言葉を掛けて先を促す。
 馬超も、それで思い切って口を開いた。
「実は、のことなのだが、ここのところ、その、どうも大胆に過ぎる」
「だいたん」
 馬超は面映そうに顔を顰めてから、咳払いして話を続ける。
「その、な。時と場所を選ばぬ、というか、その、執務の最中であるとか、馬の世話をしている時であるとか、な、その、強請ってくるのだ」
「ねだる」
 きょとんとした面持ちの馬岱に、馬超は赤面して咳払いを立て続けにして見せた。
「その、だな、交合を、その、持ちかけてくるというか、今すぐここで、と言われて、俺も男故生半に断りも入れられず、無論人目がないのを確認してだがその場でを倒していや倒さずに立ったままの時もあるが」
「はあはあ、なるほど」
 調子に乗って口が滑り始めた馬超を、馬岱は阿吽の呼吸で押し留めた。
「それは、殿はよほど従兄上のことがお好きなのですねぇ……」
 溜息混じりに呟く馬岱に、馬超は顔を真っ赤に染めた。
「やはり、そうなのか。俺は、少々度が過ぎるやも知れぬと思ったのだが」
「度は過ぎるかもしれませんが、あの殿がそこまでして従兄上に強請られるなど、いや従兄上も男冥利に尽きましょうな」
「ん、いや、その、つい熱が入り過ぎることもあってな、そんなことを相談できるのはお前ぐらいだったから、俺もつい、な」
「熱などは、入り過ぎるくらいがちょうど良うございましょう。殿とて、底なしと言うわけではありますまい?」
「うん、むしろ、すぐに果ててしまうようだ。だから、俺が調子に乗り過ぎると可哀想かと思ってな」
 照れながらも惚気る馬超に、馬岱はにこにこと微笑んだ。

「ば、馬岱さん、孟起、何か嫌がってないような気がしますっ!」
「何を仰います、殿。先日も従兄上が私の元にご相談に見えられ、殿がどうかしてしまったのではないかとそれはそれはお案じ召されてましたよ」
「そ、そうなんですか」
「そうですとも、ご不安であれば、次はもう少し激しく、そうですねぇ馬の上など」
「うっ、馬の上っ!?」
 馬が如何に武人にとって大切な生き物であるか、その上でいたすことがどれだけ禁忌かを滔々と説きながら、馬岱はやはりにっこりと笑った。

  終

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