から相談事があると言われ、約束をしたまでは良かったが、急な用事が出来て行かれなくなってしまった。
部下に言付けを託し、またの機会にと申し入れたが、それきりとは音信不通になった。
気には掛けながらも、日々の雑多な忙しさに会いに行く手立てがない。
卓に向かう仕事があれば、折に付け手紙を認めて送るのだが、からは一向に返事が返ってこなかった。
直接会わねば埒が明かぬ、と、徐晃は遂に真夜中に屋敷を抜け出した。
の屋敷は人気がない。
長年仕えていた老婆が死んでから、はずっと一人で過ごしているようだった。
両親の死に際、色々とごたごたがあったらしい。
知り合った時には既にそうであったから、徐晃はが語ってくれるのを待つしかなかった。人嫌いで、万事につけ尻込みしがちなが何故徐晃にだけ打ち解けてくれたのかは定かではない。
さて、門を如何に潜るべきかと思案をしていると、中から人の気配を感じた。
おかしい、と異変を感じ、声を掛けるとしばらくして門が開く。
中から見知らぬ男が顔を出し、不審げな面持ちで徐晃を見上げた。
「どちら様で」
「殿にお目通りしたいのだが」
馬上の徐晃に、男は胡散臭い目を向ける。
「さまは、もうお休みになっておられます。お引取りを」
門を閉めようとする男に、徐晃は慌てて声を掛ける。
「待て、徐晃が来たと言ってもらえれば、話が通じるはずだ」
男が弾かれたように振り返る。
「じょ、徐晃? あの、徐晃将軍?」
話が通じたと思ったのも束の間、男は転がるようにして屋敷に飛び込んでいく。
どうもおかしい、と嫌な予感に駆られた徐晃は、無礼を覚悟で牙断を片手に男を追った。
「お頭、大変だお頭ぁっ!!」
先程の男が喚いている。その声に、徐晃はさっと顔を青褪めさせた。
最早何の遠慮も要らぬ、と牙断を構え、槍や剣を持って殺到する男達に向かって突進した。
相談ごととはこれだったのだ。
不審な男がうろつくようになって、は怯えたに違いない。
一人で居る女の屋敷は、盗賊達にとってちょうどいい隠れ家と目星を付けられてしまったのだ。
手紙など出しても届くはずがない。字をのみ記した手紙は、男からの付文とでも思われて捨てられてしまっていたのだろう。
逃げた盗賊達の後も追わず、徐晃は屋敷の中を懸命に探して回る。
奥の奥まで突き進み、そこに裸で倒れ伏したの姿を見つけ、気が遠くなりかけた。
急ぎ抱き起こせば、失神しているだけだとわかり徐晃の体から力が抜ける。
意識を取り戻させようと軽く頬を叩くと、小さな呻き声を上げて目を開けたがぎょっとして徐晃を見詰めた。
「こ、公明様? 本当に、公明様?」
目を見開いたまま固まったは、次の瞬間金切り声を上げて徐晃を突き飛ばした。
「見ないで、見ないでぇっ!!」
じゃらり。
白い細い足には太い鎖が巻きつけられ、擦れた跡から血が滲んでいた。
肌からは異臭が漂い、陵辱されていたと一目でわかる。
「殿」
しかし、徐晃は微笑んだ。
「ご無事で何より」
の目が見開かれる。悲しみと絶望に満ちていた。
「嘘つきっ!!」
詰る言葉はたったの一言だったが、徐晃の胸を深く抉った。
「これの、何処が無事、だと……」
涙に震える声に、徐晃は静かに笑った。
「……生きてさえ居られれば、拙者には何の違いもあり申さぬ」
「じゃあ、今すぐ私を抱けますか」
この場で、この体を、抱けるものなら抱いてみろ。
穢れきったと絶望した目で徐晃を睨めつけるに、徐晃は笑みを崩さず膝で進んだ。
そっと肩を抱き自然に口付けを落とす徐晃に、の体が引き攣った。
優しく触れる口付けは温かで、は泣き出したいのを必死に堪えた。
「お分かりいただけるか」
押し付けられた腰に、いきり立ち昂ぶるものが在る。
かっと頬を染めるを徐晃は横抱きに抱え上げた。
「貴女を今すぐにも拙者のものと致したい。だが、それでは拙者も畜生と同じ」
貴女を抱くは、貴女を妻にし、誰の目にも触れさせぬようにしてから。
微笑み、愛おしげに抱き締める徐晃に、は遂に堪えていた涙を落とした。
しばらくして、徐晃は妻を迎えた。
が、その妻を誰かに会わせようとすることは、遂になかったという。
終