空気が冷たく凝っているのがわかる。
 布団から抜け出せば、皮膚に浮き出た汗があっという間に冷たくなって、体の熱を芯から奪っていくに違いない。
 それはいっそ心地よさげだった。二人を包む毛布の中は、汗が湿気と化して生温い。
 湿気の元は、決して汗だけではなかったが、は敢えて考えないようにした。
 上に圧し掛かった趙雲は、しばし息を整えていた唇をのそれに重ねた。指は胸のしこりをまさぐっている。
「現代病とかいうセックスレスって言葉、実感わかないねぇ」
 嫌味で言ってやったのに、趙雲は鼻先が触れ合いそうな目の前でこっくりと頷いた。
「まったくだ」
「まったくじゃない、何度目よっ!」
 三度目、と呟いた趙雲の唇が、顎の下から首筋を伝い降りる。
 ひくんと震える感触を楽しむように、何度も何度も往復する。
 指先が、腹を一気に滑り降り先程まで自分の昂ぶりを埋め込んでいた裂け目に達する。
「濡れてる」
「濡れてんじゃない、あんたの出したのが出てきてるのっ!」
 12月に入ってからしばらくして、趙雲が栄養剤だと言って錠剤を渡してきた。毎日きちんと飲まされるし、趙雲は飲んでいなかったのでなんだかおかしいなと思っていたのだが、趙雲の方が早起きで先に飲んだという説明を鵜呑みにしていたのだ。
 栄養剤ではなく、ピルだったと教えられたのは今夜、ベッドに入ってからだ。
 かねてから中で出したい中で出したいと繰り返し依願されてきたが、ふざけんなの一言で蹴り倒してきたのだ。
 二人しか居ない係で、妊娠退職などという羽目になったらどうする気なのか。趙雲が泣くのはどうでもいいとしても、周りに迷惑をかけるのだけは御免被りたい。ただでさえ人が少ないのだ。
 初めて抱かれた時、中に出されてキレまくったのに趙雲も懲りていたらしく、がイヤだと言えばおとなしく引き下がっていた。
 それとて、どうもピルの吟味が終わっていなかったかららしい。危ないものを飲ませるわけにいかないからと言うが、そんなら飲ませなきゃいいだろうとは思う。
 趙雲曰く、コンドームなどよりピルを使った方が避妊率はずっと高いとか何とかだが、栄養剤と嘘を吐いたと詰るに、自分の心の栄養になると言い返した時点で交渉は決裂していた。
「やっ……」
 濡れているものの正体が何であろうと濡れているという事実に変わりはなく、趙雲の昂ぶりは狭い膣の抵抗にもめげずにずるずると押し入ってきた。すぐに前後に揺さぶられ、濡れた音と共に快楽が湧き上がる。
「……明日、会社、なのに……っ……」
 体は最早抵抗できる状態にない。残る理性を総動員して、口だけでも趙雲に逆らおうと奮戦する。
 相性が良過ぎるのも考え物だ。触れられるだけで過敏になる肌に、流されずに済んだ試しがない。同棲してからずっと、仕事は忙しいし平日でも乗っかってくる趙雲の体力は底知れないし、辟易している。
 日曜の夜だけはしない、という暗黙の了解を取り付けていたはずなのに、今日だけはどうしてもすると意気込まれて拒絶することもできなかった。
「も、何で……」
 そう言えば理由を聞いていなかったと問い掛けると、趙雲は生真面目に答えてきた。
「イブだからな」
 一瞬、焦げ付くような悦さえも消え失せた。
「……あ、ああ、ああそっか……」
 忙し過ぎて忘れていた。
 会社のデスクと自宅の往復で、通勤の時間はほとんど寝こけていたから気がつかなかった。
「あれだけ派手にイルミネーションやら広告やらが張り出されているのに、よく気がつけずにいたな」
 逆に感心され、の頬が赤くなる。
 本当に気がついてなかったから仕方ない。
「どうせそんなことだろうと思ったんだ。ピルを飲ませておいて良かった」
「良かないわよ、因果関係が全然見えないわ」
 クリスマスだと何でピルで暗黙の了解を破ることになるのか。
 趙雲は不機嫌そうに眉を顰めたが、おもむろに止まっていた腰をスライドさせる。同時に漏れるの嬌声に、ようやく常の微笑を浮かべた。
「これ、が私へのプレゼントでいい」
「ちょ……馬鹿っ、これ、が、良かったんでしょ……っ……」
 そこまで言うのが精一杯で、身をくねらせるを趙雲は抱き締めた。
「よくわかっている」
 嬉しげな声に罵声が返ってくる前に、趙雲がの腰を捻るように持ち上げると嬌声が一層高く上がった。
 そのまま突きいれ、徐々に腰の動きを早く荒くしていく。
 の声と熱を十分に堪能すると、趙雲は三度目を迸らせた。

 朝、目が覚めるとは裸のままだった。
 腰が重く、だるい。シャワーを浴びる余裕もないまま、眠りに落ちてしまったらしい。
 いけない、早く仕度しなくちゃと起き上がったの目に、枕の上に置かれたあるものが目に入った。
 何で、こんなものが。
 使ってもいないのに、と何気なく手に取ると、中に何かが入っている。

「ちょーーーーーーーぉうーんっ!!!!」
 狭くはないが、広くもないマンションの寝室から怒声が響く。
 程なくして、裸体に趙雲のガウンを纏ったがドアを蹴破らんばかりの勢いで現れた。
「あ、あんたねぇっ!!!」
 怒り狂っている。
 趙雲は、朝食のトーストを齧りながらそんなを見ていた。何をそんなに怒っているのかと言わんばかりだ。
 自分が悪いのかと怯みかけるが、客観的に見ても悪いのは趙雲の方だと思う。
 それが証拠に、とは手にしたものをぐいっと趙雲に突きつけた。
「これは、何っ!」
「クリスマスプレゼント」
 しらっと答える趙雲に、は更に声を荒げた。
「クリスマスプレゼントを、こんなものに入れるなぁっっっ!!」
 趙雲が用意し、が激怒した原因のその手にあるのは、赤い色の着いたコンドームだった。
「赤い靴下がなかったんだ」
 やはりしらっと答える趙雲に、は力尽きたようにがっくりと肩を落とした。
「……そんなことより、準備しなくていいのか。今日は車を出すから少しは余裕があるが、シャワーを浴びるのだろう?」
 テレビの上部に示された時刻を指差すと、は歯軋りして一声唸るなり、何事か喚き散らしながら廊下に出て行った。風呂場の方からけたたましくドアが閉まる音がして、やがてシャワーが勢いよく吹き出す音が聞こえてきた。
 趙雲はトーストを齧りながら、ちゃんとサイズが合っていたか訊くのを忘れたとぼんやり考えていた。
 ダイヤの付いたプラチナリングの意味に、が気がつくかどうかも自信がなかった。

  終

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