女好きだと噂の御仁は、やはり噂に違わず女好きだった。
 と対面した瞬間の第一声が、『やぁ、こりゃあお美しい』ときて、を盛大に呆れさせた。
 主君たる信長にサル呼ばわりされて笑っている。
 いくら農民の出だからといって、あんまりと言えばあんまりだろう。
 自身も、かつては秀吉と同じ農民の家に生まれた。
 家族が戦火に追われ、この戦乱を鎮める為にと兵士に志願したのがそもそものきっかけだった。
 秀吉とは多少志は違っていたかもしれないが、農民の出自だからと言って、卑屈になって欲しくはなかった。それは、の身勝手かもしれないが、嫌なものは嫌なのだ。
 堪えきれずに秀吉にそう申し出ると、秀吉は『いやぁ』と笑って頭をかくのみだった。
 話にもならぬと憤然として立ち上がれば、秀吉は少しばかり申し訳なさそうな顔をして、しかしを宥めるかのように、にっこりと微笑みかけた。
「でも、わしにしてみりゃ殿の方がこだわっておられるように見えるんだわ」
 何を、と目を剥くと、秀吉は大袈裟に首をすくめた。
「ほーら、その顔。力んでしまって、折角の美人が台無しなんさ」
「顔の美醜など、戦の足しになりますか!」
 が怒ると、秀吉の『へらへら』は度を増していく。
「そりゃあ関係はないさ、ほんでも、笑顔なくして本当に平和な世が作れるんかの?」
 秀吉の問いかけは、完全にの死角を突いた。
 黙りこくるに、秀吉は笑みを浮かべて話を続ける。
「わしは、皆が笑って暮らせる世を作りたい。信長様は、そりゃあおっかない方さ。ほんでも、この世をどかんと変える、すんげえ知恵をお持ちなんだわ。わしは、そんな信長様のお手伝いが出来ればそれでええんじゃ。信長様が笑顔を忘れちまうくらいお疲れの時、わしの顔を見て猿が居る、これは面白いって笑ってくれるんなら、わしはそれこそ本望じゃ」
 秀吉は、笑顔の尊さを知っている。
 笑われることより、笑わせる価値の方に重きを置いている。
 それと知ったは、自分の浅慮に恥ずかしくなった。
 戦乱の続く世は、終わりが見えない。
 だからこそ、笑みを絶やしてはいけない。忘れさせてはいけない。笑みのない悲しさを、自身がよく知っていたはずだった。
 が詫びようと顔を上げると、先程までそこに居たはずの秀吉の姿が見えない。
 え、と虚を突かれた瞬間、背後から秀吉の声が聞こえた。
「うーん、やっぱり殿の尻は絶品じゃ! ねねにも負けず劣らずさ!」
 悲鳴を上げて仰け反ると、秀吉はしゃがみ込んでいた姿勢からぴょんと身軽く飛び上がった。
「今度、是非ともお手合わせ願いたいわ!」
 うひゃひゃひゃ、と笑いながら駆け去っていく。
 手合わせするにやぶさかではないが、いったい何の手合わせだ。
 あんな小男に、しかし『やぶさかでない』自分に気付き、は耳まで朱に染めた。

  終

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