三成の武器は変わっている。
 鉄の骨を仕込んだ、いわゆる鉄扇だ。
 二喬も鉄扇を己の武器として使用しているが、三成のように男で鉄扇、と聞くとは不思議な印象を覚えてしまう。
 もっとも、それはの感覚であって、鉄扇と言う武器自体に男女の差別があるわけではない。
 諸葛亮然り、司馬懿然り、の生まれ育った中原でも、羽扇ではあったが扇を武器として使う男がいる。鉄扇と言う枠にさえこだわらなければ、おかしなことではないのだ。
 けれど、とは考えてしまう。
 どう理屈を付けても、は三成の鉄扇のことが気になってしまう。
 他の将のように刀を持てだの槍を構えろなどと言うつもりは毛頭ない。日の本という国独自の美しい細い刃は、如何にも三成に似合いそうな気もするが、想像してみるとやはり三成には鉄扇が似つかわしいように思う。
 あれこれ考え、始まりと岐路は違えても、『三成には鉄扇』という結論に達するのが我ながら不思議で、可笑しかった。
 何気なく三成を見遣ると、思い切り視線が合ってしまった。
 どうとでも誤魔化しようがあったはずなのに、思い切り目を逸らしてしまい、自分の迂闊さを呪いたくなる。
 案の定、三成がこちらに向けて歩いてきた。
 逃げてしまっても良いのだが、それではあからさまに怪し過ぎるだろう。ここは、呉ではなく遠呂智支配下の混成軍の只中なのだ。下手な行動をとって、諜報と勘違いされても困る。
 うろたえながらも踏みとどまっていると、三成がの前に立った。
「いつも、私を見ているな」
 いつも、ということは、以前からの視線に気が付いていたということだろう。それと察して逆にを観察していただろう三成と、自分の勘の鈍さの差に恥じ入るばかりだ。
「……申し訳ありません、その、鉄扇が珍しかったものですから」
「お前の国には鉄扇はないのか」
 あると答えると、三成はいぶかしげにを見下ろした。見るからに怪しんでいる。
「二喬のお二方が、お使いになっておられます」
 の言葉に、三成は記憶を辿っているようだった。
「ああ、あの大喬とか言う女子が使っていたな。お前は、大喬配下の者か」
「いえ、……」
 使えている主の名を出すのははばかられた。自分だけならともかく、主に恥をかかせる訳にはいかない。
「ご容赦願えませんか。お叱りは甘んじてお受けいたします」
 深々と頭を下げると、三成は面食らったように眉を顰めた。
「……配属を尋ねただけだ。別にお前をどうこうしようと言う訳ではない」
 気に障ったのか、三成はぷいと顔を逸らして行ってしまった。
 は、激しい鼓動を手で押さえながら、三成の背中を見送った。
 他意がないのであれば、失礼なことを言ってしまった。却って主に害が及ばねばいいが、と不安になる。
 と、三成と最近懇意にしているらしい曹丕の姿が見えた。三成に声掛けている。
 どうした、と低いながらも鮮明に聞こえる声に、は立ち聞きはならぬと一礼して身を翻した。曹丕の声は、不思議とよく通るのだ。
 走り去るのもおかしな話なので、努めてゆっくり歩いた。三成が何か答えているのが聞こえてくる。
「惚れたか」
 不遜な四文字に、弾けるようにして振り返ってしまった。
 三成もこちらを見て、驚いた顔をしている。
 立ち聞きしたのがばれてしまったと、慌てて駆け出した。頬が熱い。
 三成の様子からして、に何ら感情を抱いていないのは確かだろう。むしろ、惚れたと言うのならむしろこちらの。
 だから、気になっていたんだ。いつも考えてしまっていたんだ。
 気付いてしまった感情に、は混乱して足を速めた。

  終

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