クリスマスイブ、しかも日曜出勤の許チョの為に、は差し入れにとクリスマスケーキを持って行った。
 別に何の用事もないし、年末から正月にかけての卸作業から促販の手伝いと仕事も詰まっているからと当たり前のように出勤を取り決めた許チョに、は呆れつつも心が温かになるのを感じていた。
 いつもこうだ。
 こういう人だ。
 格好良いという言葉とは縁遠いルックスだが、忙殺され尖がった神経がほのぼのと癒される。
 そういう許チョが、は好きだった。

 フロアに上がると、許チョはその太い丸まっちい指で懸命に入力作業をしているところだった。
「許チョ先輩」
 声をかけると、許チョは振り向き様小さな目を精一杯大きくした。
「どうしたんだぁ、今日は休みだって言うのに」
 間違えちまったのか、と呑気に問われ、は苦笑した。
「そんなワケないじゃないですか、もしそうだとしたらエライ遅刻ですよ。一休みしたらどうです?」
 時計は三時を指そうとしている。
 おやつという脳みその栄養補給の名目で押し掛けたのだ。ケーキは途中で買ってきたのだと言い訳したが、本当は許チョに食べさせたいばかりに、休日出勤が決まったその日にケーキ屋に突貫して予約してきた。できるだけ美味しいケーキを食べさせてやりたかったのだ。
「なぁんだ、が作ったんじゃねぇのかぁ」
 間延びした声でさもがっかりしたように言われる。
「私なんかに作らせたら、焦げ焦げの甘い厚焼き煎餅になっちゃいますよ。紅茶で大丈夫ですか? それとも、いつもどおり麦茶のあったかいのにします?」
「それも美味そうだけどな……おいら、麦茶がいいなぁ」
 許チョは、コーヒーが飲めない。紅茶もあまり好まないようで、普段から飲んでいるのはもっぱら麦茶とそば茶だ。甘茶や甜茶は好きだと言うから、少し変わっている。
 冷蔵庫の中に常備している麦茶をカップに移し、備え付けのレンジで温める。
 許チョに渡し、ケーキの準備をしていると、許チョがのカップをひょいと覗き込んだ。
「あ、はコーヒーでいいんだぞぅ」
 おいらに合わせなくっても、とおろおろとを見上げる許チョに、はくすりと笑った。
「別にいいんですよ、わざわざ違うものにするの、面倒臭いじゃないですか」
「でも、はコーヒーが好きだろー?」
 はびっくりして顔を上げた。
「何でそんなこと知ってるんです?」
「そんなことぐらい、おいらだって知ってるぞぅ」
 珍しくむくれたような顔を見せる許チョに、は慌てて言い訳を並べた。
 しかし、許チョがそんなことを知っているとは思わなかった。気の優しい、のんびりした性質の男だったが、人の嗜好に気を配るような細かい人だとは今の今まで知らずに来た。
 自分だからと考えられるほど、厚かましくもない。一瞬考えたが、慌てて打ち消した。
「まぁ、とにかくケーキ食べましょうよ。美味しいんですよ、ここの」
 社内のことだし、蝋燭を立てるのは憚られた。だいたい誕生日でもないのに何で蝋燭を立てるのかわからない。
 はケーキに飾られた飾りをひょいひょいと取り除いた。
 ナイフで切り分け、一番大きなケーキにチョコレートで出来たプレートと丸太小屋を模した焼き菓子を載せて手渡すと、許チョは何かをじっと見詰めている。
「……おいら、そっちがいいなぁ」
 許チョの視線の先には、マジパンでできた小さなサンタがある。
「これ? これ、美味しくないでしょう?」
 も子供の頃に齧ってみたことがあるが、粉っぽくて硬くてとてもいただけたものではなかった。
「うん、でも……おいら、それがいいよ」
 言い張る許チョに、は戸惑いつつも許チョのケーキにサンタを載せる。大きめに切り分けたとは言え、三角形のケーキの上はイチゴにチョコのプレートに焼き菓子にサンタと、てんこ盛りになってしまった。あまり綺麗だとは言い難い。
「仲間はずれは、可哀想だよ。こいつだって、ちゃんと食べれるんだぁ」
 許チョの何気ない言葉は、の胸に響いた。
 このTEAM魏で曹操に見出されるまで、許チョは相当苦労したらしい。人柄からか、自分の過去はほとんどしゃべろうともしない許チョだったが、人伝に聞いたことがあった。
 衝動が体を突き動かしていた。
 が椅子に腰掛け、無言でケーキを食べ始めても、許チョは目をぱちくりとさせたままで自分の唇に押し付けられたものが何なのか考え込んでいるようだった。

「悪かったなぁ、手伝わせちまって」
 外に出ると、すっかり暗くなっていた。
「先輩の指で入力してたら、この時間でも終わってませんよ。あぁ、おっかしかった」
 許チョがキーの一つを入力しようとすると、必ずと言って良いほど他のキーも同時に押してしまうのだ。苛立つよりもまず困ってしまって、パソコンに向かって頼むよ頼むよと頭を下げる様が可笑しくて仕方なかった。
「……そんなに笑うなよぅ、おいらだって、わざとやってるわけじゃないんだし……」
 許チョの歩みがぴたりと止まった。
 気を悪くしたのかとが許チョを振り返ると、許チョは顔を真っ赤にしていた。
 何だ。
「……きょ、今日のお礼に、コーヒー飲みに行くかぁ?」
 は虚を突かれた。
 黙りこんでしまったに、許チョは背中を丸くする。
「……そういう時は『これから食事でも』じゃないですか、普通」
 コーヒー一杯とは、ずいぶん安い。
 笑っているに、許チョは逆らわず恥ずかしそうに頭をかいている。
「いいですよ、コーヒーで。ただし、私、コーヒーにはうるさいですからね」
「そ、そうかぁ……おいら、あんまり詳しくないからなぁ」
 何処がいいかと頭を悩ませている。
「いいですよ、私がとっときの場所に案内しますから。タクシー、乗ってもいいですよね」
 返事も待たずに空車表示のタクシーを止め、許チョを押し込んでしまう。
 が告げた行き先を聞いた許チョは、ちょっと遠くないかと心配そうに尋ねた。
「あんまり遠いと、が帰れなくなるんじゃねぇか?」
「大丈夫です」
 はにっこりと笑った。
「うちですから」
 許チョは、の言葉を反芻するように口をもごもごさせた。
 それが可笑しくて、は声を忍ばせつつ笑い声を上げた。

  終

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