「俺の軍略、今日も冴えてるぜ」
「ああ、そうかよ」
 腹立たしげに呟いたの一人言を、左近が聞き逃すこともない。
「何を怒ってるんだか」
「おお、怒りもするわい」
 一人言を聞かれたと恥じるどころか、言葉尻に乗って眉尻を引き上げる。
 そんなの様に、どうやら本気で怒っていると見抜いた。
 それは少しばかり、無茶な指示を出したかもしれない。
 ちょっと切り立った断崖を下れの敵兵がうようよしている場所に一軍を率いて潜伏していろだの、しかし今回の戦場ではそここそが計画の要で、そうでなければ全軍敗走の危機すらあったのだから左近としては苦渋の選択だった。
 にそれが分からぬ筈もなく、まただからこそこの難儀な大役を託したのだ。
 女の身であろうとも、遥かな大陸の地を騎馬を以って駆け抜けてきた猛者たるならば必ず成し遂げてくれると信じ、事実計は成った。
 感謝はするものの、これ程投げ遣りな態度を取られては左近としても嬉しくはない。
 否、腹立たしささえ感じる。
 の国ではどうだか知らないが、左近の生まれ住む戦国の世の慣わしでは、女は男に礼を尽くし従うのが常だ。
 それを、身を震わせて怒り狂い、あまつさえ計を成す為に尽力した左近に食って掛かる。
 こんな馬鹿な話はあるまい。
 三成でさえ、左近よくやった、左近頼りにしていると、いつもの冷たい相貌を崩してはにかみながら褒め称えてくれるものを。
 考えれば考える程面白くない。
 三成ですらそうして左近をねぎらうのだから、女のはもっとねぎらってくれても良いではないか。
「もう少し、愛想の一つも売れないもんか。一応女だろう、あんただって」
「一応でなくとも女だわい、失礼だな」
 元より、左近は主でなく礼を尽くす義理もないと言い放つであるから、左近に対して無礼な口を聞くのも初めてではない。
 けれど、これ程つけつけと突っ掛かってくるは珍しかった。
「何だ、月のものでも迎えたのかね」
 戯言と弁えた上での軽口だった。
 せっかく戦に勝ったというのに、いつまでも可愛げないの相手をするのも面倒で切り上げたいという気持ちもあった。
 だが、左近の軽口にはかぁっと顔を赤くした。
 はん、と思わず目が点になる。
「こ、この、この痴鈍の早漏野郎っっっ!!」
 捨て台詞を残しべそを掻いて駆け去っていくを、左近は阿呆のように突っ立って見送った。
 まさか本当に月のものだとは思わなかった。
 最中、女は妙に苛々するものと聞いてはいたが、古今東西変わりのないものとは思わなかった。
 感心すると同時に、試したこともないくせに人を早漏呼ばわりしたに腹が立ってくる。
 夜這ってやろうか。
 月のものの最中に致しても、子は為せぬとも聞き及ぶ。
 戦が終わる気配はまだないから、今はまだ軍略の要として頼みにしているを身篭らせる訳にはいかぬ。
 ちょうどいい。
 左近は頷き、如何にしての元へと夜這うか早速に策を練り始めた。
 気楽なもので、鼻歌の一つも出てくる。
 こんな策を練るのも、たまには悪くないと思った。

  終

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