女の子の一番大切なものをあげる。
衝撃の告白に進呈されたのは、眉間の縦皺と白い目だった。
「何かな、その反応は」
「私の胸の内を、余すところなく正直に顔に表した結果です」
のツッコミにも冷ややかに返答する陸遜に、はブーイングの嵐をお見舞いしてやった。
「喜ぶところだろ、ここはー」
「忙しいんです、貴女の遊びに付き合っている暇はありません」
では、いつなら暇になるのだ。
は口を尖らせた。
異世界からやってきた自分と軍の采配を担う陸遜とでは、忙しさに雲泥の差がある。
それは分かっていたけれど、もう少しぐらい構ってくれてもいいのではないかと言うのがのもっぱらの主張だった。
これが単なる顔見知りであれば、とてこのような無礼を働くつもりはない。
けれど、二人は恋人同士なのだ。
しかも、陸遜から告白して成就した仲なのだから、陸遜の方がに尽くしてくれてもいいと思う次第だ。
実情は、が陸遜を訪問するのが圧倒的に多いような状況だった。どちらが告白したのか分からない。
戦を控えていると言うから、ならば景気付けという訳ではないが、陸遜に処女を捧げて見送ろうと思い切ったのだ。
生来の天邪鬼さから素直には言えなかった訳だけれども、それでも幾許かは驚くなりもじもじしてくれるものだと思っていた。
それだと言うのに、的外れもいいところな反応だった。
いつもの軽口と取られたのかもしれないが、あまりと言えばあんまりだ。
まぁ、いっか。
勢い込んできただけに多少はがっかりする向きもあったけれど、陸遜とこうした軽口の応酬をするのは嫌いではない。
流して切り上げようと思ったら、陸遜の方が引き摺った。
「だいたい、純潔に何の価値があるというんです。経血に紛れて処女を装う不逞の輩も居りますし、それでころっと騙されて、他所の男の種を自分の種と思い込み、律儀に育て上げるような哀れな男も居ないではないんですからね」
「おや、ずいぶんとお詳しい」
がからかい口調で茶々を入れると、陸遜はむっとしながら言葉を綴った。
「こう見えても、私は女性に目を掛けられる機会が多かったのですよ。お陰様で、幾らか女性不信になりました」
陸遜ならばもてもしようが、女性不信になるような経験を積んでいるとは思わない。
意外だ、と目を見張ると、陸遜の頬に朱が差した。
「私の場合は、それは確かに偏っていたのかもしれませんが……ですが、ろくでもない目に遭ったのは本当の話です」
溜息を吐きつつ竹簡をまとめた陸遜は、脚の付いた台座に乗せて、机の端に追い遣った。
物憂げな顔付きから、相当こっ酷い目にあったのだろうことが窺える。
そんなで、よくもまぁ自分なんかに惚れられたものだと感心してしまった。
確かにも陸遜が好きだった。
けれど、年は上だし口は達者で持ち主の意志すら聞かないときもあるし、生意気な女と甘寧辺りはかなり憤慨していると聞いている。
よもや陸遜と両思いだなどとは思いも寄らず、成就してから尚態度を改められないのはそのせいとも言えた。
「私で良かったの」
何の気なしに言ってしまった言葉は、しかしにとっては禁句に等しい言葉だった。
陸遜が『後悔している』と言ったらどうしたらいいのだろう。
それ以前に、『そんな風に思っていたんですか』と怒り出してもおかしくない。
心臓がざわめきだす。
陸遜は机を離れ、が腰掛けている長椅子の前まで歩いてきた。
その顔が、怒っている。
あぁ、やっぱり怒らせちゃった。
内心泣きそうな思いに駆られるけれど、天邪鬼のスキルはの心情をぶっ千切って稼動する。不貞腐れたように頬を膨らませ、上目遣いに陸遜を睨んでしまった。
「こそ、私で良かったんですか?」
は?
間抜けな声と共に、の中で張り詰めていた虚勢が脆くも崩れ去る。
「私の方が年は下だし、忙しくてをろくに構えないし、今度は戦で長く留守にしてしまいます。そんな私で、本当に良かったんですか?」
「え、いや、あの」
まくし立てられて、憎まれ口も上手くまとまらない。
おたおたするに、陸遜は怒っていた顔を不意に緩めて吹き出した。
「な、何が可笑しいのよ」
「ああ、すみません」
謝りながらも、陸遜の笑いは止まらなかった。
からかうのは好きでも、からかわれるのは好きではない。
不条理ではあったが、持って生まれた己の性質には逆らうことが出来ず、は本格的に頬を膨らませた。
「貴女が、好きですよ」
の顔の前に、陸遜の顔が急接近する。
「損得考えずに動いてしまう、決して媚びない貴女が好きです……だから」
どうせくれるなら、女の子の大切なものではなく、私の大切なを下さい。
陸遜のおねだりに、は口をへの字に曲げた。
「意味、分かんない」
可愛くない口の聞き方にも、陸遜はただくすくすと笑うだけだった。
どんなに不貞腐れて見せていても、耳まで真っ赤にしたの姿は、陸遜にとっては愛らしい恋人としてしか映らない。
「教えてあげましょうか」
の返事は陸遜の唇が塞いでしまった。
終