+++確かに恋だった

 張遼は、単なる性衝動のはけ口と考えているに違いなかった。
 男が射精したいという欲求は、武の清廉さとは異なる種類のものだ。
 どれだけ身をやつし打ち込んでも、白み掛かったどろどろの液体を出したいという欲求は打ち消せない。
 それは、人が人であることを止められない証であるかのようだった。
 あの張遼といえど、ご多分に漏れない。
 妻でなく、宛がわれた妾として在るは、大きく足を開きながらそんなことを考えていた。
 は、敗軍の将の娘だった。
 夫に先立たれ、子を身篭ったまま実家に戻って居たのだが、父が死ぬのを目の前で見た衝撃で子をも失った。
 茫然自失で兵の慰み者にされかかっていたのを、張遼が割って入ってきたのだ。
 以来、張遼専用の慰み者として過ごしている。
 上手いか下手かで言ったら、張遼は相当下手だろうと思う。
 が言うのもおかしな話だが、とにかく律儀に腰を振るばかりだ。
 あまりに呆れて、自らが上になったことがある。
 しかし、張遼はすぐさまを引き摺り下ろし、いつものように組み敷いていつものように射精した。
 気に入らなかったのだろうか、と考えたが、別に怒った様子も無かった。
 だから、張遼は射精をしたいだけで、それに創意工夫をするつもりなどないのだろうと思った。

 そうして幾日も、幾夜も時が過ぎていった。
 時々張遼がやって来て、『お勤め』をして帰っていく。
 同じ牀で朝を迎えたことはなく、律儀な腰使いに『お勤め』の言葉は何とも相応しい言葉だった。
 けれど、今宵の張遼は少し違っていた。
 戦でぴりぴしている最中だからだろうかとは考えていた。何でもかなり不利な状況にあり、食糧も心許ないところまで切羽詰っているのだと聞き及ぶ。
「……明日、戦は終わろう」
「そうですか」
 はぼんやりと答えた。
 子供を亡くして以来、あまり感情が揺れなくなった。大したことでは驚きもしないし、笑いも、泣きもしない。
 それだけと言えばそれだけで、他に不自由はなかったから問題は無かった。
 張遼の目が、険しくを捉える。
 怒ってるんだろうか、と思うだけで、やはり然して感慨はなかった。
 張遼が、手にした青龍刀をずいっと前に出した。
 殺すのかな、と察した。
 少し怖いような気がした。
 それだけだった。
 張遼は眉間に皺を寄せ、青龍刀を振り上げる。
 振り下ろせば、は確実に死ぬだろう。
 青龍刀はの頭上高くにあり、そして落ちてくることはなかった。
「…………」
 深い溜息と共に青龍刀は元の位置に戻される。
「駄目だ、やはり私には出来ぬ」
 張遼の声は小さかったが、とても重く感じられた。
 は、あぁ、やっぱりこの戦は負けるのだと察した。
 戦に負ければ敗戦の将の妻や子供が受ける仕打ちなど決まっている。まして、張遼は呂布を除けば随一の武人と言っていい。その妾が受ける仕打ちともなれば、相当の覚悟を決めねばなるまい。
 せめて楽に死ねるよう、始末してくれようと思ったのだろう。
 要らぬ世話だが、嬉しくもあった。
 そう、嬉しかった。
 表情にこそ、水面に揺れる環ほども表れなかったけれど、は嬉しいと思っていた。
 ああ、そうかと気が付いた。
 張遼は、腰元から袋を取り出すと、の手に握らせた。
「これを持って、何処かの空き家にでも隠れているといい。城の中はいかぬ。明日、戦が始まる頃を見計らい、隠れて城を抜け出すのだ。私の名を出して構わぬ。良いな」
 執拗に確認を取る張遼に、は手にした袋を投げ捨てた。
「何を」
 驚く張遼の前で、はするすると装束を脱ぎ捨てた。
「最後に」
 牀に上がって足を開くに、張遼は愕然とし、目を背けた。
「もういい、もういいのだ。そなたが、そのようなことをする必要はもうなくなった」
「……嫌でしたか?」
 振り向いた張遼の目は、室に入ってきた時よりも険しく厳しかった。
「知らぬぞ。私も最早、歯止めが効かぬ……」
 そんなものを掛けていたのか。
 の裸体に飛び掛ってきた張遼は、言葉通り歯止めなくの肌に歯を立てた。
 味わい尽くさんばかりの勢いで、常の『お勤め』振りは感じられない。
 を上に乗せると、下から遮二無二突き上げてくる。
 揺さ振られ、振り落とされそうになりながら、は懸命に腰を振って応えた。
 自然、嬌声が漏れ出す。
「あ、あ、いい……」
 胸乳を鷲掴みにされ、そこにも歯を立てられる。
 張遼が離れると、透明な糸がつっと伸びて切れた。
「もっと、噛んで……跡、付けて……」
 の求めに応じ、張遼は肩口や肩甲骨、背骨の浮いた背まで尽く歯を立てる。
 尻に歯を立てられた時、の前に張遼の肉があった。
「うっ」
 低く呻く張遼には構わず、は張遼の肉を咥え込む。
 口に含んで強く吸い、舌先で優しく舐め上げれば、すぐに火照って口の中で弾けた。
 射精された汁を嚥下するに、張遼の頬がわずかに染まる。
「そのような……」
 項垂れた肉は、しかし隠されることはなくの前に晒されている。
 は迷うことなく、もう一度その肉を咥えた。
 張遼が身動ぎ、の髪を撫でる。
 舌の動きを派手にしてやれば、張遼の体が緊張して強張る。
 逆に優しく緩めてやれば、強い刺激を強請ってか喉に向けて腰を揺すって寄越す。
「…………、そなたの、中に……!」
 張遼の言葉を受け、は顔を上げた。
 再び張遼に跨ると、張遼の肉槍を自らに納め、腰を強く振ってやる。
 射精させる為だけに納めた肉は、の中へ白濁した精を吹き上げた。

 奉仕をさせるのが嫌だったのだと、張遼は告白した。
 愛しいと思って迎えたものの、親の敵たる将の身としては妻にと求める勇気もなく、本当であれば共に過ごせるだけで良いと思っていた。堪えきれずに抱いてしまう己が不甲斐なく、憎まれることも嘲られることも恐れて何も言えずに今日まで来たのだと言う。
 の感情が鈍いのは、己への恨みから為す態度だと思い込んでいたらしい。
 大きな図体をして、幼子のように臆病で清廉な張遼を、はそっと抱き締めた。
「……貴女を、妻に」
 おずおずと申し出た張遼に、しかしは首を振る。
「心残りになっては、いけませんから」
 決して嫌だからではないのだと告げて、張遼の最期になるだろう戦へ送り出す。
「くれぐれも、用心して……」
 城を抜け出すようにと念を押す張遼に、は大きく頷き、努めて笑みを浮かべた。
 張遼を見送ると、は身支度を始める。
 恨んだことがないと言えば、嘘になる。
 けれど、卑しい男達に囲まれた時、血相を変えて助け出してくれた張遼のことを忘れていない。
 そうと感じたことはなかったが、今ならはっきり分かる。
――確かに恋だった。
 人生の最期に恋が出来たことに、は目も眩むような幸福に感じていた。
 は手頃な欄干に紐を通すと、丸い輪を作ってしっかりと結んだ。
 妻になるのを断ったのは、嘘偽りなく心残りにしたくなかったからだ。
 自分の心残りにしたくなかった。
 妻として望まれれば、妻として愛されてみたいと未来を望んでしまうだろう。張遼にも、自分にも、その時間は残されていない。
 ならば、ただ『愛された女』として至高の幸福を得た今、果てたいと思った。
 さようなら、愛しい方。黄泉の道行きでお会いいたしましょう。
 輪の中に頭を突っ込むと、温度のない筈の紐がひやりと冷たかった。
 は目を閉じ、踏み台にした椅子を思い切りよく蹴り飛ばした。

 この日、呂布軍は一部の将兵の投降を除き、歴史から永遠に消え失せることとなる。
 張遼が生き残ったことを、が死んだことを、互いに知らぬままだった。

  終

(お題提供:確かに恋だった様)

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