「クリスマスだから、ホテルに予約したぜ!」
「……意味わかんないですが」
 常務室に入るなり実ににこやかに宣言されて、は眉を顰めた。
 孫策は、椅子に腰掛けたままてしてしと机を叩く。来いという意味だろう。
 ドアを閉め、警戒しながら近付く。
 机の前に立つと、孫策は更に机の端をてしてしと叩く。もっとこっちに来いという意味だろう。
 溜息を吐いて孫策の傍らに立つと、膝の上に乗せられてしまった。
 内心想定していたから、別段驚きもしない。眉間に皺が寄るのだけは、留めようがなかった。
「……何ですか。社内でこういうことするのは嫌だと申し上げたはずですが」
「だってお前、喜ばねぇんだもん」
 子供のように口を尖らせて不貞腐れられても、ちっとも可愛くない。
「だって意味がわかんないんですもん」
 書類を机の上に置き、立ち上がろうとすると腕に力が篭められて押し留められる。
 師走で忙しいというのに、本当に子供のような駄々をこねる。
「……この時期によく取れましたね」
 溜息を吐きつつも譲歩を見せると、孫策の顔に笑みが戻る。
「思いついたのが遅かっただろ? だから、キャンセル待ちで、何とかな!」
「別に、無理して取らなくても良かったのに」
 は一人暮らしだから、別にわざわざ外に泊まらなくても、と思う。どうせやることは同じだろう。
「でもよ。折角クリスマスなんだからよ」
 ぶーぶー言い出す孫策に、はいはいと適当に相槌を打つ。
「クリスマスって、25日ですか?」
「いや、24日」
 それはクリスマスではなくクリスマス・イブだろう。
 もっとも、孫策にはどちらでもいいのかもしれない。
 クリスマスではなくイブ、というところに何となく恥ずかしさを覚える。
「どした?」
 目敏く尋ねてくる孫策に、何でもないというごまかしは通用しなかった。
「……イブって、なんとなく『本命』って感じじゃないですか」
 月曜に外泊するよりは、日曜日の午後からゆっくり泊まるのが楽だという理屈はわかる。それでも、イブの夜を二人でと望まれたことに照れ臭さと嬉しさを感じてしまう。
 珍しく素直なに、孫策もご満悦だ。
「昼前に待ち合わせて、飯食ってから行こうな」
 寝溜めしておけと言われて、耐久レースでもする気かと冷や汗が浮いた。次の日の仕事に差し支えないように、何とかセーブさせようと心に決めた。
 の胸の内を知ってか知らずか、孫策は嬉しそうにとれたホテルの説明を始める。
「……で、眺めもいいし……湯泉ついてる部屋だからな! 夜中でも二人で風呂入れるぞ」
 え。
 孫策の言葉に、ふと疑問が沸く。
「……あの、ホテルって、何処のホテル取ったんです」
 恐る恐る孫策を伺うに、孫策はきょとんと首を捻る。
 それでも再度催促されると、戸惑いながらもの疑問に答えた。
「箱根の、芦ノ湖の奥」
「阿呆っ!!」
 箱根のホテルに日曜日に泊まって、次の日はどうやって出社するつもりなのか。
 芦ノ湖の奥となれば交通手段はかなり限定される。新幹線を使ったとしても、一体どの程度で帰ってこられるのか知れたものではない。
「いいじゃねぇか、休めば」
「あんた周瑜部長に同じことが言えるのかっ!!」
 うーん、と孫策は首を傾げる。
 このくそ忙しいのに、あの周瑜がこんな馬鹿な休暇に許可を出すわけがない。
「じゃ、当日帰れなくなったっつってズル休み」
「尚更悪いわ、ボケェッ!!」
「じゃあどうしろってんだよ!」
「キャンセルすればいいでしょうよ!」
「おま、折角俺が苦労して取ったってのになぁ!」
「何処だろうがやること変わんないでしょうよ!」
「あ、言ったな。お前、俺の本気、まだ見たことねぇくせに」
「仕事をちゃんとやれって言ってんでしょうよ!」
 言い争いは次第にその指標をずらしつつエスカレートしていき、留まることを知らなかった。

 ほんの少しだけ恋人のような甘い雰囲気になったというのに、またこんなボケツッコミの遣り取りになってしまっている。お互いに相手が悪いと思い込んでいるから始末に負えない。
 傍目には面白いが、仕事に差し支えるのが何だな。
 周瑜は、いつにも増して賑やかな常務室の前で、いつ入室すれば角が立たないかをまんじりともせず思案するのだった。

  終

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