あんたのせいだ。
 の言葉は正しく、それ故に凌統の胸を抉る。
 遠呂智軍に敗北し、怪我を負った凌統は、ほうほうの体で戦地を逃れとある村に転がり込んだ。
 ある程度の回復までという約束で匿ってもらって居たのだが、ではそろそろ発とうかという時、村が遠呂智軍の残党狩りの連中に急襲された。
 回復と言ってもある程度のことであり、如何な凌統とて村を救うだけの力量は持ち合わせない。
 理由のない虐殺に、凌統が抗えたのはを連れ出すことのみだった。
 ようやく人気のない深い山奥に逃れ、我に返ったは泣きじゃくりながら凌統を責める。
 責められる為に連れ出したようなものだ。
 あながち間違っても居ないかもしれないと、凌統は胸の内で自嘲した。
「……どうして」
 どうして、村を助けてくれなかったのか。
 どうして自分だけを連れて逃げたのか。
 どうして他の者と一緒に死なせてくれなかったのか。
 何度となく繰り返された問い掛けに、凌統は一つとして答えられない。
 答えてはいけないと思った。
 しかし、このの問い掛けは、それまで繰り返してきた言葉とは少し異なっていた。
「どうして、怒らないの」
 怒るも何も、の責めは的を射たものだ。凌統が言い返せるものではない。
 黙りこくる凌統に、は再び涙を落とした。
「自分のせいじゃないって、どうして怒らないの? あいつら、あんたを見つけて襲い掛かってきたんじゃない、あたし達を、村を見て襲ってきたんだって、どうして言い返さないの」
 の言う通り、何の警告もなくいきなり火を放った手口からして、凌統云々は関係なく最初から村を焼き討ちしようと目論んでのことかもしれなかった。
 けれど、今そんな推論を口にしたところで何の意味もない。
「……どっちにしろ、遠呂智の残党狩りの最中のことだろ。俺の責任は、免れないって」
「そんなの、おかしい。あんたは悪くない。悪いのは」
 私だ。
 はそう言って、再び号泣する。
 凌統が驚き目を見張っていると、は涙で咽ながら懺悔した。
「私が、あと少し、あと一日ってあんたを引き留めたから、こんなことになったんだ。私、私が、自分勝手だったから」
 初めて知る事実に、凌統は愕然とした。
 申し訳ないが催促されるまで、と図々しく居座って居たのだが、あまりに何も言われないのでいい加減に自分から発とうと決めたのだ。本当はあったらしい退去の催促は、凌統の知らぬところでがすべて押し留めていたらしい。
 その理由は一つしか思い当たらなかった。
 自分のせいだと震えているを、凌統は無理矢理抱き起こした。
「あんたのせいじゃない」
 がかっとして言い返そうとするのを、凌統は自らの口で塞いだ。
 喚きもがくのを、きっちりと押さえ込んで許さない。
 長い『口付け』が終わり、凌統がの唇を解放すると、呼吸困難に陥ったかかくかくと震えて凌統の胸に崩れ落ちた。
「……あんたのせいじゃない……とは、言わない。そう、言いたかったんだよ。人の話は、最後まで聞きなって」
 抱き寄せると、は一瞬強張り、けれど堪えきれなくなったように遮二無二しがみ付いてきた。
 なだめるように額に口付けて、凌統はを包み込んだ。
「一緒に、抱えてってやるよ。あんたの罪。だから、無闇に自分を責めんなっつの」
 罪を犯したと悔いるのなら、償わなければ。
 償う相手がもう居ないのであれば、自分に償っていくしかない。
「俺と一緒に、戦ってくれるかい? 戦場に立てって言ってるんじゃない、そいつは俺がやるよ。あんたは、俺を……支えて欲しいんだ」
「そんなの」
 罰ではないとは拒絶する。
 だが、凌統は耳を塞ごうとするの手を取り、根気良く言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「いいかい? 俺を支えるってことは、あんたが思ってるよか、ずっと大変な話なんだ。俺は、言っておくけどこう見えて我は強いし、意固地だし、親の敵と肩並べて戦わなきゃならない腹立たしい境遇に居るし、いつまでも拘るし愚痴も吐くし話すことは嫌味っぽいからあんたを泣かせちまうかもしれないし、とにかく、俺の相手を勤めるってことは凄く凄く大変なことなんだ。分かるか?」
 段々と呆れてゆくの顔は、終いには呆然と素を晒した。
 凌統も、分かるかと言い切ってから不意に口を歪める。と、ふっと肩を揺らして笑い出した。
 釣られて笑みを浮かべるに、凌統は安堵したように笑みを漏らしてから切なげな目を向けた。
「……俺を、支えてくれるかい?」
 許されないと言うなら、傷を負い羽を休める場所としてあの村を選んだ凌統とて同罪だ。
 罪の在り処を手繰ることに、何ら意味はない。
 罪を犯した本人がそう嘯くのは、卑怯極まりないと分かっていた。だが、だからこそ凌統はを手放したくなかった。
 逃げ出す時に迷わず手に取ったのは、他の何でもない、だった。
 しか、目に入らなかったのだ。
「あんたが支えてくれるなら、俺、戦うから。……戦えるから」
 の涙に塗れた目が歪む。
「そんなの、卑怯だよ」
 そして凌統の手を、握り返す。
「……でも、……貴方と、一緒に居たい……」
 項垂れるの髪に、凌統は口付けた。
 二人で生きていくことが卑怯だというのなら、それで構わない。
 声掛けすることもなく二人は立ち上がり、手を繋いで更に奥へと歩き出した。
 今は逃げなければならない。けれど、いつか必ず遠呂智を倒してみせる。
 そんなことは贖罪にはならぬと分かりながらも固く誓いを立て、罪に慄きながらも繋いだ手を離せぬままで居た。

  終

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