夢を見ていた。
 ぼんやりしていた許褚が呟く。
 昼下がりの飯時後、珍しく風は凪ぎ日の光は穏やかで、思わず眠ってしまいそうな陽気だった。
 だから、許褚が寝てしまったのも分からないではない。
「美味いものがずーんと、こう長机いっぱいに並んでるんだぁ。惜しいことをしちまったぁ」
 食べる前に目を覚ましてしまったと悔しがる許褚に、は呆れながらもつい吹き出してしまった。
「許褚様は、本当に食べることがお好きですね。他に好きなものはないのですか」
 書類を片付けることが好きになってくれたら一番なのだが、それは許褚付きの文官としての願望に過ぎず、は密かに胸に仕舞い込んだ。
 の問い掛けに、許褚は何のてらいもなく返答してくれる。
「うぅん、おいら、のことも好きだぞ」
 ぶっ。
 盛大に吹き出してしまい、は慌てて口元を拭う。
 きょろんと小さな眼を揺らして不思議そうにを見詰める許褚に、分かっているのか居ないのか、それくらいはせめてはっきりしてくれないものかと愚痴りたくなる。
「……許褚様、冗談は程ほどになさって下さい」
「冗談じゃぁねぇよう、おいら、ホントにが好きだぞぅ」
 あぁ、まったく、とは頬をさすって火照りを冷ます。
「でしたら、こんな昼日中の執務室でなく、相応しい場所と頃合を見定めてから仰って下さい」
 困ったように首を傾げている許褚に、は竹簡を抱えてすげなく背を向けた。

 後日、満月の明るい頃、蛍の光に満ちた川の淵で許褚に同じ言葉を贈られた。
 今度は文句一つなく許褚の言葉を受け止めたは、それが曹操の入れ知恵だったと更に後日になってから知ることとなる。
 それも、許褚が相手構わずあちらこちらに訊ねて回ったことを、そのせいで城の中と言わず外と言わず、許褚がにこれ以上なく懸想している、などという噂が広まったことも、併せて聞き及ぶ羽目になってしまった。
 自分で考えろって付け足せば良かった。
 ただ、少しくらいはそれっぽい雰囲気というものを味わってみたかっただけのつもりが、面白がって囃し立てる者まで現れ、甘い空気も何もあったものではない。
 嫁入り仕度を整えながら愚痴るは、しかし何処か幸せそうに微笑んでいたという。

  終

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